8 ー翔弥ー
島田の話では、2千年以上前から『黒の魔女』を崇拝する黒の魔導士たちと、世界の破滅を阻止しようとする白の魔導士の組織が熾烈な戦いを続けているのだという。
300年前に『黒の魔女』を顕現させてしまったのは、白の魔導士側の大きなミスで、痛恨の極みなのだそうだ。
それ以来、人類の文明は歪み始め、気がついた時には「地球温暖化」という毒が人類の生存を脅かすところにまできてしまっていた。
彼女が言うには、あのアメリカで飛行機がビルに突っ込んだテロはイスラムの戦士が『黒の魔女』を殺そうとして失敗した事件だったらしい。
「あくまでも『らしい』って噂だけなんだけどね。黒の魔女と戦っている組織は1つじゃないのよ。わたしは、ああいうやり方は肯定できないけど・・・。老師は、彼らは憎しみに囚われたあまり『黒の魔女』の罠に吸い寄せられたんだと言っていたわ。」
黒の魔女と敵対する者同士の小競り合いまであり、どういうグループがどのように戦っているのか、全貌は誰もわかっていないだろう——ということだった。
「でも、『銀のドラゴン』を顕現させようとしている私たち白の魔導士こそ、正統派であり、最も大きくて古い組織なのよ。」
島田が力を込めて言った。
白の魔導士が最も古くて大きい組織だというのは、まあそうなんだろうとしても、『正統派』っていうのはきっとどのグループも「自分たちこそ」と思ってるんじゃないだろうか・・・。
翔弥はそんなことを考えながらも、島田の声が少し大きいような気がして、気が気ではなかった。他の客に聞かれたら変に思われないだろうか?
そんな翔弥の目の動きを察したのだろう。
「大丈夫。結界が張ってあるから——。」
島田が余裕の表情で微笑んだ。
「誰も私たちに注意を払わないようになってるの。」
そう言われて改めて翔弥がまわりを見回すと、たしかに皆スマホや自分たちのおしゃべりに熱中していて、ここに翔弥と島田が座っていることにすら、いや、そもそもそこに席があることにすら気がついていないような感じだった。
翔弥の側から見ても、自分たちの居るその空間だけが、他から切り離されたように不思議な静けさに包まれている。
もちろん、音は別に遮られてはいないし、駅のアナウンスも電車の音もすべて聞こえてはいる。しかしそれは、どこか遠い世界の他人事のように響く感じだった。
これが結界というものか——。
翔弥は初めて経験する感覚に感心しながらも、しかし別の疑問を口にした。
「黒の魔導士たちは、なんで人類を滅ぼそうとするんだろう? 彼らも『人類』なんでしょ? 自分自身も滅ぼしたいわけ?」
「そんなの、分からないわ。自殺?・・・んー・・・とも違うか・・・。だいたい、黒の魔導士と腹割って話したことないし。」
島田は指先を眉の少し上に当てて、やや斜め上を見た。あまり複雑な思考は得意でないらしい。どちらかといえば、思考より先に体が動くタイプのようだ。
それから自分のアイウォッチを見て、まるで古い仕事仲間のような声で言った。
「そろそろ行った方が良くない?」
言われて、翔弥も自分のスマホを見た。8時31分。
「ち・・・遅刻! 〜〜〜〜〜!」
島田が笑った。笑うとけっこうかわいい童顔になる。
「大丈夫。課長には連絡入れてあるから。」
ある方の指摘を受けて、表現を少しだけ変えました。