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銀のドラゴン  作者: Aju
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6 ー翔弥ー

 翔弥の中に『この世界』での新しい記憶が鮮明によみがえってきた。

 あすかとはその後、けんかしたりもしたがずっと続き、大学を卒業して3年後には結婚した。

 就職は、あすかの伯父さんのコネで政府系外郭法人『環境技術研究所』に入り、大学で学んだ生態系工学を活かせる仕事に就くことができた。


 「ぱー。ぱー。」

 奥から長女のきららが、よちよちと歩いて翔弥を出迎えにきた。

「いや、何でもない。ちょっと疲れたかな。」

 きららを抱き上げた。小さな手が、ぺたっと翔弥の頬を挟んだ。

「だいじょうぶ? 来週、プレゼンなんでしょ。」

 そうだ。この世界では、企画は直接翔弥が本庁にプレゼンし、予算を取る。そして、その企画『都市内ビオトープネットワーク』は、まだボツになっていない。勝負はこれからなのだ。


 翔弥はきららを抱き上げ、あすかを見つめながら、今、この『現実』のもたらす幸福感と充実感を噛み締めていた。

 かつての翔弥の『現実』に、こんな充実感があっただろうか。


 あの路地を見つけられたのは、望外の幸運だった——。翔弥は心の底からそう思った。そして、その幸運を与えてくれた老マスターにも感謝した。

 神様がヒゲを生やした老人の姿だというのは本当なのかも・・・と思ってから、それはさすがに陳腐だな・・・と思い直した。

 あの不思議な路地と、小さなバーはいったい何だったのだろうか?


「もしもーし。ショウちゃん、なんか変だわよ、今日・・・。」

 そんなふうに言いながら笑うあすかに、翔弥は物思いから引き戻された。あすかはとても幸せそうな顔をしている。

「あ、いや。とりあえず、シャワーでも浴びようかな。」

「それじゃあ、きららも一緒にお風呂入れてくれる?」

「きーらら。パパと一緒にお風呂入ろうかぁ。」


 きららの服を脱がせ、自分も汗になったシャツを脱いだとき、翔弥の目は洗面台の鏡にくぎ付けになった。

 ドラゴンのタトゥーが二の腕にある。しかも前より大きい。

(このタトゥーは過去が変わるたびに移動するのか?)

 しかし、新しい『記憶』の中にも、タトゥーを入れたという記憶だけがない。翔弥はこの位置にあるタトゥーを、今初めて見る。

(いったい、何の判じ物だ?)

「ぱー?」

「あ、ああ、ごめんよ。」

 翔弥はきららにシャワーをかけてやりながら、この幸福の中に入り込んできた得体の知れない不安——ドラゴンの黒い影が、心の隅に引っかかり続けていた。



 翌日、翔弥は5時頃に起きた。きららがまだ寝ているうちに、あすかと2人で朝食を取り、6時少し過ぎには家を出た。

 会社に人が出てくる前に、独りでプレゼン資料の全体を吟味してみたかったのだ。会社までは1時間だから、7時過ぎには着くだろう。1時間半は自分独りの時間がとれる。


 あすかはいつものように玄関の外まで出て、翔弥がエレベーターに乗るまで見送ってくれた。結婚してからずっと続いている。そんな小さな日常のことがらが、翔弥には胸が苦しくなるほどに愛おしい。

 この幸せな日々がずっと続きますように・・・。ふと翔弥は祈るような気持ちになったのは、この先の不穏な何かを予感したのかもしれなかった。


 この時間だと、駅はさすがに混んではいなかったが、通勤客はかなりいた。

(こんなに早く出る人たちも、けっこういるんだな。)

 やがてホームにアナウンスがあり、電車が入ってきた。


 先頭の列車が翔弥の手前20mほどのところまで入ってきた時、誰かが彼の背中を、どん、と強く押した。

 翔弥は入ってくる電車の前に突き飛ばされた。


 死!


 と思った瞬間、見えない壁でもあるように翔弥の体はホームの上に留まり、その前を電車が通過して行き、やがてスピードを落として定位置に止まった。

 ドアが開いた。・・・が、翔弥は体が固まってしまったように動けない。冷や汗が背中や額ににじみ出てきた。


 呆然としている翔弥の傍に、1人の若い女が近づいてきて彼の腕をとった。

「危なかったですね、竜崎さん。」

 翔弥には見覚えのない女性だった。

「私が壁の魔法をかけなければ、電車に轢かれてましたね。——あ、わたしは島田ミレイ。美玲と書きます。白の魔導士です。」

 そう言って、女は右手の平を見せた。


 翔弥は息を呑んだ。

 そこには、あのドラゴンのタトゥーがあった。

「とりあえず、ちょっとそこのカフェに入りませんか? 会社が始まるまでには時間があるでしょ?」

 電車のドアは閉まってしまった。

「君は・・・・誰だ?」

 翔弥がかすれた声を出した。

「先ほど名乗りました。島田美玲。白の魔導士です。」

 女は再び、右手の平を見せた。

「あなたにも体のどこかに、この竜の紋章があるはずですよ。でも、あなたはまだ魔導師としての意識が覚醒していないみたいだから、説明が必要でしょ? それに、このままでまた、さっきみたいなことがあると危険ですし・・・。とりあえず、立ち話もなんだから・・・。」

 島田と名乗った女は、目だけで改札内にあるカフェを指した。

「あそこに入りましょ。詳しいことはそれから。」


 魔道士? 魔法?・・・・


 しかし、翔弥はそろそろこういう驚きに慣れ始めていた。そもそも、あの小さなバーに入った時から、翔弥の足もとは地面ごとぐるりと回り出しているのだ。

 翔弥はおとなしく島田のあとに従った。

 何より彼女は、ついさっき翔弥の命を救ってくれた恩人なのだ。それに、この奇妙な出来事を説明できる知識を持っているらしい。


 カウンターでコーヒーを注文して受け取ると、いちばん端のテーブル席に座った。店内と店の入り口が見わたせる。

 客席はけっこう塞がっていた。こんな時間から——とも思ったが、こんな時間だからなのかもしれない。

 通勤ラッシュの時間帯になれば、コーヒーなど飲んでいる余裕のある人はかえって少ないのだろう。


 島田はテーブルに着くとすぐ、1枚の折りたたんだ紙をバッグから取り出した。

「まず、あなたに見てもらいたいものがあるの。」

 彼女が開いた紙の上に描かれた図柄を見て、翔弥は息を呑んだ。


 それは、翔弥が企画・設計したビオトープネットワークそのものだった。

「どうしてこれを・・・。これは、まだどこにも発表されていないはず・・・。」

「やっぱり・・・。あなたが作ろうとしているビオトープの形と同じなのね?」

「なぜ、それをあなたが知っているんだ?」



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