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銀のドラゴン  作者: Aju
5/50

5 ー翔弥ー

 夕方に近づいた午後の光の中、3人はすでにけっこう遠くを歩いていた。翔弥は駆け出した。

「忘れ物でーす!」

 3人が振り返り、翔弥が追いついた。

「あ、さっきのお店の人。」

 翔弥は工藤あすかの前にケータイを差し出した。

「はい。工藤さん。」

「あーっ、ありがとうございます。・・・あれ、でもどうして名前を?」

「新歓コンパの時に話してるよ。覚えてない? って、この格好じゃムリか。オレは竜崎翔弥。安藤ゼミの2年生です。」

 さらっと言ってのけたものの、この積極性は翔弥にとっては『大冒険』の類に入った。この後は、どうすればいいんだろう・・・?

 だいたい、1年半も前のことを持ち出したって、相手が覚えているはずないじゃないか。


 ところが意外なことに、工藤あすかは翔弥のことを覚えていた。

「あ、生態系工学のことを話してくれた人。」

「え? 知り合いだったの、あすか?」

「あ、知り合いってほどじゃないんだけど・・・。生態系工学って面白そうかなって思ってて・・・。でも、あたしたち学部が違うから、安藤ゼミとれないんですよね。」

「そうそう、安藤ゼミ楽しそうなのにねえ。」

 もう1人が相槌を打つ。この子も真っ赤だ。あすかにいたっては、既にちょっとろれつが怪しい。

「少し飲みすぎなんじゃないの? まだ明るいのに。」

と言ってしまってから、しまった、説教くさいことを言うなんて最悪じゃないか。と後悔したが、3人は気にした様子もなかった。

 むしろ、けらけら笑いながら

「すいませ〜ん、センパイ! でも、ビール2杯だけなんですよ。紙ジョッキに。あすかなんか1杯半でこれなんですよぉ。もう、思いっきり弱いんだから——。あ、ちなみにあたしは柴田夕子。柿沢ゼミです。よろしく、センパイ。で、こっちが・・・」

と自己紹介を始めた。

「林佳奈です。同じく柿沢ゼミ。」

ともう1人が自分で引き取る。

「3人とも柿沢さんとこのクラスかぁ・・・」

 翔弥は話が続いたことにほっとして、少し余裕ができた。

「安藤ゼミ、面白そうでいいですよね。柿沢先生なんて、こういう時はつまんなくて・・・。」

 夕子が赤い顔で言うと、あすかも相づちを打った。

「うん。安藤ゼミ、ユニーク!」

 夕子にもたれながら、翔弥のメイド服姿を指差してころころと笑う。

「ユニークすぎだよ。」

 笑いを返しながら、翔弥はあすかが意外にも自分や安藤ゼミに興味を持っていてくれたことが嬉しかった。


 あすかの酔い姿もいい。

 酔っているのにだらしなさを感じさせず、目もとにころりとした微笑をたたえて翔弥を見る瞳がふわふわと漂って定まらない。

「ちょっと座ったら?」

 翔弥は、あすかと夕子にさり気なく近くのベンチを勧めた。

「オレもちょっとサボってく。」

「2人ともホント弱いんだから。」

 佳奈が2人を座らせながら笑った。この子はけっこう美人・秀才、といったタイプで、笑っても隙ができない。

 佳奈が夕子の側に座ったので、翔弥は自然にあすかの側に座ることができた。

「ビールの他に焼酎3杯も立て続けに飲んで、顔色変えない佳奈が強すぎなの! あたしはフツーの人間です。」

 夕子が佳奈に目を据えた。佳奈が声を出さずに笑う。あすかは相変わらず、ふわふわした瞳で翔弥を見ていた。

 翔弥は何か話そうと思うのだが、うまく言葉が紡げない。


「ねえ、リューザキセンパイ。安藤ゼミのこと、話してください?」

 あすかの方から話しかけてきた。

「安藤ゼミのことって・・・、えーっと、何を話したら・・・。」

 我ながら間の抜けた応答だな・・・、とホゾを噛んだ。せっかく女の子の方から興味を持って話しかけてくれているのに。

「あ、ほら。生物工学っていうの? あすかがいつも、とれたらいいな、って言ってる科目。」

「生態系工学。」

 話に割り込んだ夕子に、あすかがすかさず訂正を入れた。

「ああ、生態系工学ね。そんな難しい学問じゃないよ。ただ、ちょっと漠然としてるかな・・・。なんつーか、庭師の学術版みたいな?」


 翔弥は、安藤教授が提唱しているこの新しい学問について、あらましの説明を始めた。

 これが学園祭というシチュエーションで女の子とする会話だろうか——とは思うが、夕子は少し口をすぼめてまっすぐ翔弥を見つめ、あすかは小首をかしげるようにして聞いてくれている。

 そんな2人の表情が嬉しくて、翔弥は話し続けた。


 そのうち佳奈が夕子の袖をそっと引っ張って、あすかには聞こえないほどの声で言った。

「夕子。おじゃまムシはそろそろ退散しよう。」

「?」

「あの竜崎って人、初めっからあすかが目当てだよ。それにあすかの方もまんざらじゃない——っていうか、本命かもよ。安藤ゼミとりたがってたのは・・・ね♡」

 夕子は目を丸くして、「そうか!」という表情をして見せた。

「あの人はダイジョーブ。いきなりオオカミになったりはしないよ。どっちかっていうとテンネン草食系よね。」

 2人がベンチから立ち上がった。

「あたしたち、そろそろゼミの出し物に戻りますから。——あすか、まだ酔っ払ってるみたいなんで、センパイ、よろしく!」

 佳奈があすかに小さく目配せして、さっと2人は身を翻した。

「あ、ちょっと、あんたたち!」

 あすかは立ち上がろうとしてバランスを崩し、翔弥の方へとよろけた。

 翔弥はとっさにそれを受け止めた。両の掌に、あすかの柔らかな肩の感触が伝わった。

「あぶない。大丈夫?」

「あいつら、もう。誤解してぇ。・・・迷惑ですよねぇ、センパイ。あたしなんか・・・」

「迷惑だなんて・・・、いや・・・そんな、とんでもない。・・・ていうか、その・・・」

 え? という表情で、あすかが翔弥を見上げた。瞳は相変わらず漂っている。

「生態系工学の話、続けよっか?」

「うん。」


 だが、話し始めてしばらくすると、あすかの頭が、ことん、と翔弥の肩に落ちてきた。小さな寝息を立てている。

 翔弥はそのまま、じっと動かなくなった。何か、とてつもなく愛おしいものが翔弥の世界に舞い降りてきたような気がした。




 翔弥はカウンターに突っ伏した状態で目を覚ました。

「いい夢をごらんになりましたか?」

 この前と同じようにマスターが聞いた。

「ええ・・・。」

 翔弥はちょっとはにかみながら答え、夢の余韻を引きずったままで店を出た。

 そして、なにげなく左手首を見た。

「!」

 タトゥーがなかった。

・・・・・・・・。


 ああ、そういうことか。・・・・・すべて夢だったんだ。

(そうだよな。話がうますぎると思った。そうだよ。・・・そりゃそうだ。)

 翔弥は、くっ、くっ、と笑いながら路地を出た。


 そして、数歩も歩かないうちに真剣な表情で顔を上げた。

 後ろを振り向く。


 路地がなかった!


 殺風景なビルの壁だけが続いている。

 そして、翔弥の頭の中には、新しい『記憶』があった。大学時代からの新しい記憶!


 次の瞬間、駅に向かって駆け出した。心臓が口から飛び出そうなほどドキドキしている。

 電車に乗っている時間ももどかしく、自宅のマンションへと急いだ。


 玄関のキーナンバーを押す。

 そして。

 ドアを開ける。


 そこに竜崎(・・)あすかがいた。

「お帰りなさい、ショウ。 どうしたの? 珍しいものでも見たような顔して・・・」



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