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銀のドラゴン  作者: Aju
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4 ー翔弥ー

 翔弥はお好み焼きのヘラを持って、熱せられた鉄板の前に立っていた。メイド服を着て、化粧もしている。


 これは、大学の学園祭の時の夢だ。


 メイド喫茶ならぬ『メイドお好み焼き屋』。

 誰が考えたんだか、というより安藤ゼミの全員のノリで決まった(安藤教授がいちばんノッてたようだが)企画だったが、学園祭でのウケは最高だった。

 お客の入りは引きもきらず、特に女子にウケていた。

 安藤ゼミの女子も男子も、メイド姿でお好み焼きを焼いてテーブルに運ぶ。もちろん、お客が店に入ってきた時のセリフは——

「お帰りなさいませ、御主人様♡」


 女子はいい。男子も三輪郁夫みたいなイケメン系は、ヘタな女子よりも美人になるからまだいいとして、普段『ゴジラ』のあだ名で呼ばれている臼田健太などはもはや化け物と言うしかなかった。

 それが最もウケた理由でもあった。

「きゃー! きもカワイイーーー♡」

 そこで臼田がすかさず「ご冗談を。御主人様♡」と野太い声でやって、もう一段ウケをとる。大卒でお笑いに進んでも、やっていけそうなキャラだ。

(たくましいよなぁ・・・)

 安藤教授もノリノリでお好み焼きを焼いている。メガネのヒゲづらにメイド服が妙に似合って可笑しい。ビールを飲みながらやっているので、顔も赤い。

 翔弥はそこまでノリ切れなかった。

「やだぁー、竜崎先輩。カワイイー♡」

などと後輩の女子たちに言われても、苦笑いするばかりなのだ。

 だいたい、スカートというものがこんなに足元がスースーするものだとは思わなかった。どうにも気になって仕方ない。


 とにかく今、翔弥は20歳の学園祭の風景の中にいた。

(ああ、あのことか・・・)と、29歳の翔弥の意識は思った。


 変えてみたい過去。にぎやかな学園祭の中での小さな後悔。

 しかし、それはのちに次第に大きくなってしまった後悔。あの時、ほんのちょっとの勇気があれば。一歩だけ前に出ていたら・・・。違っていたかもしれない。


 翔弥にはこの時期、気になっている女の子がいた。他学部の1年下の子で、名前を工藤あすかという。目のぱちっとした黒髪のロングヘアーの子で、今どき珍しい古風な感じのする子だった。

 複数の学部合同の新歓コンパの席で、二言三言口をきいたが、たぶん向こうは覚えていないだろう。

 それ以来、彼女の顔が翔弥の頭から離れない。どうやら一目惚れしたらしかった。


 その後も大学の中で何度か見かけてはいるのだが、話しかけるきっかけをつかめないできた。

 翔弥は、そういう自分の引っ込み思案がダメなのだ——と思うのだが、積極的にアプローチするというのはどうにも苦手だった。

 その工藤あすかが、まもなくこの店にやってくる。当時、翔弥はメイド姿を見られることを嫌がって、厨房の方に引っ込んでしまった。

 彼女は女子の友達と3人でやって来て、臼田のサービスにウケながらお好み焼きを食べ、そしてケータイを席に忘れて出てゆく。

 そんな彼女を翔弥は厨房から見ているだけだった。ケータイを忘れていったのにも気がついていたのに、すぐには動けなかった。店に出ていた陸上部の小林勇人が気づいて追いかけた。


 その後、翔弥は小林と工藤あすかが付き合っている、という噂を聞いた。卒業後には、工藤あすかが小林あすかになった、という風のたよりも聞いた。


 その後この歳になるまで、なんとなくカノジョができずにきたのは、工藤あすかの面影が心の片隅にこびりついてしまったせいかもしれなかった。

 我ながら情けないヤツだと思うが、どうにもならない。


 あのマスターの言葉を信じるなら、今、再びそれを覆すチャンスがやってきたことになる。

 今度は前に出よう。引っ込み思案をやめて、ダメ元で当たって砕けろ!

 結果がダメでも、少なくともその行動は翔弥の未来を(現在を)変えるはずだ。


 やがて、工藤あすかが友人と3人で入ってきた。

 翔弥は勇気をふりしぼって、明るく迎えた。

「お帰りなさいませ、御主人さま♡」

「えっ、男の人なの?」

「やだっ! カワイイー!」

 びっくりした彼女の顔も、そのあところころ笑う彼女の顔もすごく可愛い。少し酔っているようだ。

 翔弥は背中に汗が出てきたが、気持ちを強くもって明るく振る舞った。お好み焼きの注文を取り、厨房から席に運ぶ。

 その間、バケモノの臼田がお客たちの笑いをとって、店の中は大盛り上がりに盛り上がった。

 そして彼女はケータイをテーブルに置いたまま、店を出た。


 翔弥はどきどきしてきた。

 一呼吸おいてからケータイを手にとる。

「あ、お客さま、忘れ物でぇーす!」

 翔弥は店の中に聞こえるように大きな声で言い、店の入り口を飛び出した。

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