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海辺にて(Z)

猫が好きだった。

猫は人間じゃなかった。

ある日変な街を見つけた。

「えんぜるくりいむ」という名前の街だ。

その街の入り口に在る大きな看板にはそう書いてあって

その横には小さなモニターがあった。

モニターにはこの街に暮らす人々の様子が24時間映し出されていた。

中学1年生だった当時の私は朝の1、2限をサボってはそこに立ち寄り、食い入るように見ていた。

「ここなら......」

私はそう思った。

ここなら私が好きな猫の居場所があるかもしれない。

「ペット可」の街なんて見たことがない。

あるのは全部人間の街だ。

だけどここなら、と、思った。

1回目は追い返されて、2回目は中に入れた。

だけど出て行くことになったので、

猫の居場所はここにもなかったということが分かった。

街を管理する人が季節が終わるまではここにいていいよと言ってくれたのでそうした。

「この豚小屋使いなよ」

管理人さんはそう言うと、先日出荷されて空いたばかりの豚小屋を1つ貸し出してくれた。

なんとなく温かいような気がした。

なんとなく温かいようなそのふかふかの藁の中で私は3日眠った。

1日目の昼間、農夫らしき男がやって来て言った。

「豚を回収しにきた!」

「分かりました」

と私が答えると、彼女は私の手を掴んで外に連れ出した。

しばらく歩いたところで彼は私に

「帰りなさい」

と言ったので、

「分かりました」

と答えて私は部屋へ帰って眠った。

2日目の昼間、不動産会社とその客らしき老夫婦がやって来た。

「こちらはですね、先月建ったばかりの新しいアパートです!綺麗でしょう!それでですね......」

不動産会社の男が熱心に説明する声で目が覚めた。

客の方はと言うと

「ここ!ええんとちゃう?すてきやなあ!」

「そうだなあ!」

といった感じだ。

3日目の晩に見た夢の中に季節がやって来て言った。

「明日で、終わります」

次の日の朝、起きた私は荷物をまとめた。

荷物と言っても3日前まで着ていた猫柄のパジャマしか持っていなかったが。

私はというとフリフリのビキニを着ていた。

なぜ今私はフリフリのビキニを着ているのか。

分からなかった。

分からなかったが、分からないので、

明日考えてみることにした。

せっかくフリフリのビキニを着ているのでプールで泳ごうと思った。

そのアパートを出る前に、こんな真冬に親切にもあたたかい部屋を貸してくれた管理人さんにお礼を言おうと思ったけれど、その日不在だった。

置き手紙を置いて行こうにも、紙がなければ、ペンも無かった。

「ありがとうございました」

藁でそう文字にしておいた。

風で吹き飛ばないことを願う。

管理人さんよりも先に次の豚さんが来ないことを願う。

だけど私は知っていた。

明日は、台風なのだ。

どうしようもなかった。

「おれが雲に登って台風の目の中にドライアイスを落とせば台風消せるけどどうする?」

手に持っていた猫が私にそう尋ねたので。

「明日は、台風なのだ」

そう、答えておいた。

私はアパートを出た。

部屋を出て3歩歩いて、左に曲がったとき、

見知らぬおばあさんとぶつかってしまい、お互い尻餅をついた。

尻の骨にヒビが入ったに違いない。どしよう。

「おばあちゃん?!大丈

「プール!!!!!!」

「え?」

食パンをくわえていたおばあさんはそれを噛みちぎると叫び出した。

「プールならこのまままっすぐ行ったところにある!」

「え、あの、お

ポケットからキャロットパンを取り出すと私の口に突っ込もうとしたので

「やめてください」

と言ったので、おばあちゃんは自分でそれを食べた。

私はそれを見つめていた。

「ゆっくりでいいですよ」

「ありが

「喋らないでください。喉に詰まると危ないです」

おばあちゃんはそれをゆっくり食べて、

食べ終えた。

[36分59秒00]


「ばーちゃんは今泳いできたとこじゃ!今からでえさーびすに行くから!んじゃな!」

「え、あの、おば

「あ!あと!」

そう言うとおばあちゃんは私の手をぐっと掴んだ。

「このケーキ!」

ケーキ?

「あんた、なんでカップケーキ握りしめとんか!」

「え?」

おばあちゃんに掴まれた手の方を見ると、

確かに私はカップケーキを握りしめていた。

ピンクと白のホイップクリームででろでろに甘そうなカップケーキ。

手で掴んではみ出るくらいには、

そこそこでかい。

「あんた!」

ばあちゃんの声は、もっとでかい。

「あんた、可愛かねえ!」

私が?カップケーキを持っていることが?フリフリの女の子がカップケーキを持ってい

「あんた、可愛か!可愛かばい!」

私が?フリフ

「うまい!!!!!!」

気がつくとおばあちゃんは私が握りしめてぐちゃぐちゃになっていたカップケーキを

全部食べていた。

そして気がつくとおばあちゃんは立ち上がっていた。

「じゃあな!!!!!!」

そう言うとおばあちゃんは私が来た方の道に向かって歩き出した。

おばあちゃんの背中のリュックには

小さい子豚たちがギッシリ詰めてあった。

「あの!!!!!!」

「なんじゃ!!!!!!」

「お尻の骨!!!!!!折れてないですか?!あの

「折れとる!!!!!!」

「え、じゃあ、あの、おば

おばあちゃんは行ってしまった。

私は立ち上がった。

ベロベロの手はフリフリで拭いた。

フリフリがベロベロになった。

おばあちゃんの言うとおりにまっすぐ進むと、

確かにプールが在った。

どうしよう。

お金、持ってない。

「あ、プールのご利用ですか?」

「え?」

「あ、いや。フリフリの水着を着ているから」

「違います」

プールに背を向けて、左に進んだ。

まっすぐ歩くと海に辿り着いた。

砂浜が見える頃にサイレンが鳴ったので、

恐らく正午頃のことだと思う。

海に向かって砂浜を走った。

「わ!」

転んだ。しかも海水で濡れたワカメに滑ったので、背中の方から地面に叩きつけられる形で。

(あ、これ息できなくなるやつだ......)

〈ポフッ〉

「え?」

猫柄のパジャマが車のエアバックみたいにまんまるに膨らんでいた。

一体何が起こっている(起こった)のか、

分からなかった。

分からなかったが、分からないので

明日考えてみることにした。

〈プシューッ〉

近くに落ちていた欠けて尖った貝殻でパジャマをなぞると

あっという間にそれは萎んだので、

そのままそのすぐ横に手で穴を掘って、

そこにパジャマを埋めた。

「ここにも猫の居場所はなかったねえ」

そう、手の中に吐いた。

瞬きをすると、それは水色と黄色のホイップクリームのカップケーキになった。今度は両手の中にこじんまりと収まるくらいに小さい。


本当は1つだけ猫の街を知っていた。

そこには逆に、人間がいなかった。猫だけの街だった。

私は吐いた。

よく分からなかった。

猫は可愛かった。

猫を可愛いと思う自分が気持ち悪いんだと、初めはそう思った。

だけど違った。

猫を可愛いと思ったことがなかったことが気持ち悪かった。


「わーーーー!!!!!!」

声のする方を見ると子どもがこちらに向かってすごい速さで走ってきた。

「ねこ!まえあしでカップケーキすなはまに埋めてる!ヘンテコだね!可愛いね!」

「「あ」」

私と近くに居たその子どもの母親はおそらく同時にそう声が出た。

「わあ」

濡れたワカメに滑っている。

母親の顔が一瞬で青冷めるが、彼女は動けない。

彼女の足元は砂で埋まってしまっている。

その横には赤と黄色の小さいスコップが落ちているのでおそらくその子どもが私を見つけるまで母親を砂に埋めて遊んでいたのだろう。膝まで埋めたところで飽きてしまったらしい。

仕方がないので私が走った。

だけど特に得策など無く走ったので身一つで駆け寄った。

先ほどの子どもの言うことには私はどうやら猫らしい。

あれくらいの子どもであれば私がクッションになってあげればなんとかなるだろう。

そう思い、ワカメに滑って宙に舞い上がった子どもの足元を通過しおそらくここだろうと思われる着地点に前足を踏み入れた。

「「わ」」

え?

私は気がつくと空を飛んでいた。

ありきたりでつまらなすぎて悲しくなった。

下を見ると

猫のパジャマ2つが膨らんでいた。

それを誰かが呆然と見つめている。

「あの」

「え?」

私は空を飛んでいなかった。

「あの、大丈夫ですか?」

「え、あの、はい」

誰かが私に尋ねた。

おそらくさきほどの子どもの父親だろう。

私の背中にはカップケーキがこれでもかというくらい乗っていた。

「すみません......。海に持ってくるもんじゃないですよね」

「いや、そんなことないですよ」

そんなことないですけど、こんな真夏にそんなに厚着して、そっちの方がなんだか大変そうです。

3人でカップケーキを砂浜に埋めた。

「なんだか、いい匂いするね。海なのに」

タエちゃんがそう言った。

「そりゃあ、カップケーキを埋めたからね、今」

そう私が言うとタエちゃんはゲラゲラ笑った。

「ってあれ、ノンちゃんは?」

「本当だ。ノンちゃん。ノンちゃーん」

「「あ」」

さっきまで一緒にカップケーキを砂浜に埋めていたノンちゃんは、いつの間にか私とタエちゃんの背後にいて、砂を掘って、カップケーキを掘り出して全部食べ終えたところだった。

「あ、ふひほ

「食べ終わってからでいいよ」

「うん、喋りながら食べたら危ないと思う。ニュースも昨日そう言ってた」

タエちゃんと私がそう言うとノンちゃんはゆっくり食べた。

[36分59秒00]


「ごめん......なんか、もったいない気がして」

「確かに。ノンちゃんの言う通りかも」

「逆になんでカップケーキ砂浜に埋めてたんだろう」

「分かん

「わ!」

「あーあ」

「今日初めて着たのに、これ」

ノンちゃんが立ち上がってくるくる回る。

「花柄のワンピ、かわち」

「襟の形がいいよね」

「でしょ!」

ノンちゃんはそう答えてくるくる回る。

ちょうどノンちゃんが掘った砂の通路に海水が流れ込む。

カップケーキが埋まっていたところにも海水が流れ込む。

砂のドームはあっという間に海水に溶けて、

ぽっこりと穴が空いた。

もう一度海水が流れ込んで、今度は一緒に小さな魚も流れ込んで来た。

「魚?あ、魚じゃない」

ノンちゃんがそう言うので覗き込むと

貝殻がゆらゆら揺れていた。

「なんかウケるね」

「うん」

「てか、そろそろ帰る?」

「そうだね」

どっちがタエちゃんをおんぶするかで私とノンちゃんは喧嘩した。

「腕相撲で決めよう」

とノンちゃんが提案したのでそれに乗った。

「左手がいい」

とタエちゃんが言ったのでそれに乗った。

[以下勝敗]

タエちゃん×○○

ノンちゃん○××


3回勝負を提案したのは私で、結局ノンちゃんが負けてタエちゃんが勝ったので、タエちゃんが私をおんぶすることになった。

ノンちゃんは

「ちぇ」

と言って、タエちゃんと手を繋いだ。

「タエちゃんは力持ちだね」

と私が言うと、どういうことか分からない、とタエちゃんは答えた。

しばらく歩いていると、

「早くしないと1時間目始まってしまうがな」

とノンちゃんが腕時計を見ながら言った。

「降りる」

と私はタエちゃんに言った。

3人で学校まで走った。


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