最終話:大切な人とそばにいたくなるぐらい
人生ゲームで白熱すれば、時刻の短針は真下を過ぎていた。
ご飯を食べて、星の見えない空を見上げて。それから今日のところはおやすみ。
就寝時間になると、マナちゃんは手招きしてベッドルームへと誘導してきた。
「一緒に寝ませんか? 最後の夜ですし」
「寂しいんだ」
「別にそんなことはありません。ありませんが!」
もごもごと口を動かす女子高生。初い奴よなぁ、と老婆心を胸の奥で覚えながら、その後の言葉を待つ。
それからしばらくして、開いた言葉というものは予想通りで、私でもこっぱずかしいものだった。
「ちょっと、人のぬくもりを感じたいって言いますか……」
「寂しいんだ」
「そうじゃ……うぅ……」
まったく、昨日までの態度が嘘みたいだ。
この1日でとても仲良くなったと言ってもいい。私は一人っ子だったから、姉や弟はいなかったけど、妹がいたらきっとこんな感じなのかな。
「じゃあ、私は寂しいよ。一緒に寝る?」
「じゃあってなんですか、じゃあって」
「素直じゃないなぁ」
「そんなこと……まぁ、フウナさんがそういうなら」
そういうところが素直じゃないって言ってるんだけどな。
昨晩はそんなことがあって、今日。抱き枕代わりにされながら、寝る時間はまぁまぁ窮屈だったけど、寂しくないと言われたら、その通りだった。
起きて、洗ってないお箸で食べる最後の朝食を食べる。
「今日、なんですよね」
「らしいね。どのみちうちにはもう食材はないし、終わってくれた方がありがたいや」
「なんですかそれ」
生きる理由なんて人それぞれだと思ってる。
きっと目の前のマナちゃんにも、隣の今はいない住人にも。
私は、なんだろう。日々をなぁなぁに生きていたから、ただ仕事をしてお金を稼いで、稼いだお金をどうするか考えて、そして寝て起きて。
そんな日々をずっと続けてたから、小金持ちにはなったけど、夢や生きる意味なんてものを見つけずにいた。
でも今は、なんとなく。そうなんとなく意味を見出している気がした。
「マナちゃん。最後の日に、楽しいことしない?」
「え?」
クローゼットからカバンを取り出す。
開けてみて、とお願い。不思議な顔をしながら彼女がそのチャックを開ければ、数えるのも億劫になりそうな万札が詰められていた。
「こ、これ?!」
「ふふ、全部自腹です」
「強盗とかではなく?」
「そんなことするわけないよ」
そもそもそんな豪胆なことができるなら、夢がないわけない。
だからこれはコツコツ溜めた膨大な私の過去たち。そしてそれを今から……投げ捨てる。
「これを公園でばらまこうよ!」
「本気で言ってます……?」
「もちろん! どうせ今日で消えるお金だし、誰もやったことないことしようよ!」
この世界でこの札束は紙切れ同然の価値しかない。
それでも価値があったものには変わりない。だから今からこれを風吹く地上で振りまくのだ。なんという無駄使い。金をどぶに捨てる行為。だけど、それができるのは今日限りだ。
「……今日で、終わりですもんね」
「そうだよ。私のワガママに付き合ってくれる?」
「仕方ないですね」
そう言いながら、顔はウキウキに表情が崩れている。まったく素直じゃない。
だが、そんな彼女の姿が可愛らしくて、私の中になかった何かがふつふつと芽生えていくのを感じている。
例えようのない何か。でも多分、過去味わったことのある何か。
「どうしたんですか? 行きますよ!」
「あ。そうだね!」
重たいカバンを肩にかけて、家から別れを告げる。
ま、もう戻ってくることもないだろう。だから今日初めてのさよならを言い渡す。
それからえっさほいさと階段を下りて、すぐ近くの公園へと躍り出る。
風はすさまじく強い。台風並みに。これから終末が訪れるのだろうと言う暗雲立ち込める雲と、空に重なる黒い影。あれが、隕石か。
「これならいろんなところに飛びそう」
「私たちも飛んじゃいそうですね」
「そしたら一緒に飛ぶ?」
「何言ってるんですか!」
さて。そう言って。チャックを少しだけ開けて、カバンからまず100万円の束を取り出した。
もちろん風に吹かれないように必死で。
結束をほどいて、空へとぱぁーっとばらまけば、簡単に100万円が空へと消えていく。
ふわりふわりと舞いながら、風の行くまま気の向くまま。
私の過去の一部が、まさしく虚空に飛び立っていった。
やばい。これは癖になる。
「マナちゃんもやってみて!」
「分かりました!」
それからカバンの中身がなくなって、カバン自体もどっかに行ってしまうぐらい100万円を振りまく遊びに熱中していた。
総額2000万かな。だいたい2人で10回。これがまさしく散財というべきだろうか。思った以上に快感だった。過去も未来もすべてを投げ捨てて、ただただ今を生きるだけ。きっと今日で終わらなかったら、私たち2人で野垂れ死んでしまうことだろう。
それも悪くない。よく分からない感情からはそう聞こえる。
はしゃぎきった女たち2人は、とりあえず近くのベンチに座る。
最後の水を2人で共有して飲みあってひと段落。
「はー、楽しかった!」
心の底からよかったと思えるのはきっと1人だけではないから。
ちらりと見た横顔は、少し不安に満ちていた。
「よかったんですか? こんなことして」
「いいの。さっきも言ったけど、今日は終末だし」
「週末みたいなノリで言わないでくださいよ」
「週末は散財するものでしょ?」
「そうかもしれないですけど!」
言いたいことがそうではないのは分かっている。
だからあえて口にはしなかったけど、マナちゃんはそれを許してはくれないようだ。
「私とでよかったんですか?」
「…………言ってくれたでしょ、死ぬまで一緒にいてほしいって。あれ嬉しかったんだよ」
きっとそれ以上の意味はない。
女子高生特有の勘違い。この人が運命の相手なんだと錯覚してしまう、ただの呪い。
それがたまたま世界の終わりが重なっただけ。私じゃなくても、よかったかもしれない。
彼女には彼女を受け止めてくれる人が必要だった。
それが親や兄弟。はたまた赤の他人。それが私だっただけで。それ以上の意味はない。
でも偶然を運命と例えるなら、それも悪くないと思えるわけで。
「変な話ですね。世界が終わるのに、新しい関係が生まれるなんて」
「人間、そんなもんなんだよ。宇宙に行った人たちはこれ味わえないなんて、もったいない」
「ですね!」
きっともうすぐだ。
あの黒い影が雲を突き抜けて地上に到達するまで、あと数分程度。
言い残したことはあるだろうか。伝えておきたいことはあるだろうか。考えておきたいことはあるだろうか。
それらすべては、イエスだ。
「ありがとうございました。最後まで、一緒にいてくれて」
「うん、私も」
ベンチに座る私たちの手が重なる。
つやつやしていて、柔らかくて、張りがあって。若いっていいなぁ。私にもこんな時期があったのだろうか。
何事にも意欲的で、生きる意味があって、それで夢破れても立ち上がるだけの力がある。
今の彼女そのもの。失恋しても、新しい出会いがあった。それが私は嬉しくてたまらない。
――私が?
「あ……」
「どうかしましたか?」
覗き込む彼女の顔は世界の終末なんかより、私のことを心配していて。
この言葉は、墓まで持っていってもよかったのかな。でもお墓も一緒に壊れちゃうしな。だったら、今言っちゃっていいか。
「私さ。今気づいたことがあるんだ」
なんですか、それは? と問いかけるマナちゃん。
世界が刻一刻と終わりに近づいているのに、私はそんなことよりもマナちゃんの顔を見ていた。
「恋をするって感覚。こんな感じだったなーって」
「……え?」
光が落ちてくる。雲を切り裂き、天を焦がし。大地を裂かんがために。
まぁそれでも、最後に伝えられたし悔いはないかな。
あ、でも。1つ悔いがあるとすれば……。
「もうちょっと、そばにいたかったな」
生きる理由はいくつかある。その1つが、今見つかっただけ。たったそれだけだ。
世界がもうちょっと続くのなら、もっといろんなことがしたかったなぁ……。
そして世界は、光に包まれた。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
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