第2話:少女とご飯を食べるぐらい
そういえば、仕事以外で女の子に話しかけたのはいつぶりだろうか。
記憶する限り、だいたい3年ぐらいな気がする。あれはそう。迷子の女の子を助けようとして、なんだかんだ交番に送り届けたものの、女の子が泣きじゃくって困ったのを思い出す。
どうして幼い子供というのは泣きじゃくる生き物なのだろうか。
それでも助けてしまったのは、あの子と同じくこの女子高生も迷子だったからだろう。どこのって? そりゃあ人生のに決まってる。
女の子を誘拐、もとい私の家に案内して数十分。彼女は体育座りをして隅っこの壁を見つめている。
何があったらそんなつまんないことができるんだか。
まぁ、私の家も大概つまらないんだけど。料理と言えるほどのものは作れない。だから非常食を片手に、テーブルの上に食事を並べる。んー、質素を超えた質素飯。
「おーい」
「…………」
「おーい、ご飯だぞー」
まったく。終末の女子高生はご飯はいらないってことかい?
なんてくだらない冗談を口にしようとした矢先、彼女はこちらへ四つん這いになりながらのそのそとやってきた。
「面倒くさがり?」
「関係ないです」
やっぱり反抗的な態度だ。思春期ってみんなこんなだったっけな。いや、そうでもなかったか。
缶詰を開けて今日の食事は出来上がる。
電気やガスはないから、寂しいのろうそくで明かりを作って今夜の夕飯会場の出来上がり。
「いただきます」
「……いただきます」
消え入るような声を吐き出して、乾パンを一口。
悪い子ではなさそうだ。でも終末3日前にあんなところにいて、この子はいったいどこから来たのだろう。考えても考えても、特に目ぼしい理由は見当たらない。彼女のことを知らないのだから当然か。
「ねぇ、名前は?」
「…………言っても無駄じゃないですか?」
「まぁまぁ、3日だけの付き合いだと思って」
「マナ、です」
「ありがと、マナちゃん。私はフウナね」
冷たい返事を聞き流して、私は缶詰を一口食べる。
どうして、とは聞いてみたい。けれど、あまり聞く気になれないのは、まだ彼女との間柄がそこまで深くないからだろう。
でもいざ聞いてみたら、終末だからってことであっさりと白状してくれるかもしれない。親とのいざこざか、それとも恋人との別れ話か。いろんな候補はあれど、大して盛り上がる話でもない。
「どこから来たの?」
「隣町です」
「歩いて?」
「交通機関、全部止まってますし」
「それもそっか」
聞いて、一言思ったのは、多分この子は真面目な子なのだろう。
最初の出会いはああだったにせよ、聞けば答えてくれるし、求めれば応じてくれる。
でなければ、こんなところにはいない。
それから会話は私から始めることで、弾むとは言い難いけれど終始無言というわけでもなかった。
夕飯を食べ終える頃には、少しだけ彼女との仲が縮まった気がした。
「ふあぁ……」
「眠い?」
「……少し。ずっと歩いてきたので」
「お疲れさま。一緒に寝る?」
「嫌です」
「ふふ、そういうと思ってた」
まぁ布団は1つしかないのだがな!
私はソファーの上にでも横になって、寝るとしよう。
どうせテレビもスマホもゲームも、何もかも電気を使うし、やることはないのだから。
星を見てみたいけど、今からその星に殺される運命。あまりロマンチックな気持ちにはならない。
それに曇ってる。多分見れない。
「ベッドで寝てていいよ。私はソファーで寝るから」
「でも、フウナさんは寝れなくないですか?」
「別に不健康でもあと3日もしたら、死んじゃうし」
「そんなものですか?」
「そんなものだよ。ほら、良い子は寝た寝た!」
不安げな瞳を見せながらも、彼女はベッドルームへと向かおうとしたのだが、視線は私にずっと向いたままだ。
「どうかした?」
「……パジャマ、持ってないですか?」
あー、制服のまま寝るのが嫌なのか。可愛いところもあるもんだ。
まぁブレザーとは言っても固いし、寝付きづらいだろう。どこかにあったかなー、パジャマ。
ガサゴソと漁って見つけたのは洗濯かごの中。
仕方ない、これを使うか。
「汚いけど見つけたよ」
「どういうことですか?」
「洗ってないやつ」
「加齢臭したりしません?」
「私まだ26だよ!」
暗いけれど、くすりと笑う彼女の声で少し気が休まる。
マナはそう言って、パジャマを抱きかかえると、そのままベッドルームへと消えていった。
終末まであと3日もない。けれど面白い出会いはした、気がする。