空飛ぶ海月、毒を持つ -3
2021/11/20 大幅改変しました
情報は集まった。巡回の経路、家の場所に彼らの身辺まで。
いつもは口だけや目だけといった一部分でしか笑う事のないナイトメアでも分かる程、恍惚とした笑みを浮かべていた。他人から見ればまず間違いなく2mは距離を置かれるだろう。
ナイトメアが久し振りに襲撃場所と時間を丁寧にしたためて、次にマガジンに込める弾種を考えていた。
「クフ、弾はどうしよっかな〜。スタンプ?ホローポイント?ここはパイルか?あぁ…楽しみだ…」
『メア君?そろそろ時間だよー…ってうわ、すっごい上機嫌じゃん』
「クフフ…いやー興奮で寝れなかったがこの作戦に抜かりは無い。最初から最後まで俺のペースで踊って貰おう。…ああ、レイス。そろそろ行ってくるよ」
パイルアモより致死性の低い“暴徒制圧”用のスタンプアモを全部のマガジンに装填したナイトメアはマスクを付け、テツ達が住んでいる家へ影をつたって向かう。
午前5時、こんな時間に起きている奴は…運動部か俺みたいな奴だろう。
ーーーーーー
テツの家に着くと、まだ誰も起きていない様でカーテンが閉められている。警備は…うん、俺達からすればザルだった。しょうがないな。
そう思っていたのも直ぐに変わった。玄関のドアが開く音がする。
(誰であろうと、テツにこの手紙が渡ればいいか)
そんな感じでさっき入ってきた庭の入り口を見ていると、1人の青年が姿を表した。テツだ。
「誰だアンタ?」
「うーん、模範解答!早速だが君にお届け物だ」
「何だ、これ」
予想通りの反応を見て楽しんだ後、例の手紙を渡す。開く前に帰ってしまえば、彼は手紙の内容に従わざるを得ない…筈だ。
「じゃあ、最後に伝言も。『武器のメンテナンスはしておけ』…それじゃあな」
「あ、おい!」
楽しい、楽しいぞ?何だこれは?!いかん、だが楽しい!
思わず笑ってしまうのを影の中で押さえるが、ぶふっと言う息の漏れる音で限界が来た。そのまま、影の中で笑いまくった。
腹が捩れるかと思う位に笑ったのは久し振りだ。こんな純粋な事で。
ーーーーーー
何とか収まった。とうとう笑い死ぬ所で止まった。
さて、もう一度計画を思いだそう。
「開始時間は夜の18時、標的はテツ君のみだが彼を戦わせる為には、そうだな…無関係の人間に1人犠牲になって貰うか!そうしよう。で?次は戦って、こっちの側だったら勧誘、違ったら…還すか」
ナイトメアは物騒な計画を朝いた駅ビルの屋上で1人呟く。今の時間は…午後の15時。
「おやつの時間か…あと3時間…」
今思えば朝から何も食っていない。そうだな、何か食べておくとしよう。
近場のコンビニで奇異な物を見る目をされながら、サンドイッチとドーナッツを買う。武器を晒していても「そんなもんか、変なのは髪の毛だけか」みたいな反応をされている。
どうやら、ピースキーパーやこの島のお陰みたいだな。感謝。食べ終わってから移動しよう。
ーーーーーー
午後18時、約束の時間だ。約束の場所である路地裏で待っていると、約束通りテツが来た。
「クフ、本当に来てくれるとは…どうやらピースキーパーは大変らしいが暇みたいだな?」
「アンタが来いって言ったんだろうが。こんな場所で何しようってんだよ…」
武装は…何だあの…何だ?UMP45の様に見えるが、長い。とても長い。
ロングバレルにサプレッサー、それが2丁。あの感じだと弾とか口径もいじってそうだな。
「おい、何もないんだったら俺は帰るぞ?」
「ああ!ちょっと待ってくれよ!まあ、落ち着いてそこに構えて」
言葉を区切ってこの島のどっかの所に居た人間をテレポして来て背骨と腸の付近に銃を撃つ。
乾いた銃声が湿って埃臭い路地裏に木霊する。
テツの表情も驚愕の物へと変わっていく。未だ激痛で蠢く人間の女性を乱暴に傍へ投げる。
「お前…なにしやがる!」
「気付くのが遅えよ。俺と同じ匂いがすると思ったが…意外と甘いな」
「何を…」
ハンドガンを見せて少し挑発する。空気もそれに合わせて少しづつだが張り詰めていく。圧縮に圧縮を重ねたガラスがパキパキと音を立てて割れていくようにも錯覚する。
ここが、臨界点だ。もうこれ以上は後手に回る。
人間とは思えない、ありえない速度でUMPを持ったテツが突っ込んでくる。面白いぐらいに衝撃波と共にコンクリートが抉れる。
またもや抑えていた笑みが溢れる。それも狂気的な笑みが。
「チィッ…!!」
蹴ったり殴ったりするかと思ったが横を通り越し、その通り過ぎ側に数十発の弾丸を撒き散らす。
何発か当たったが、「許容範囲」だ。無傷だしな。しかし…
「ホローポイント?それも強装弾だと?対“人”にしては殺意が高いなぁ、なあ?テツ?」
「黙れッ!このバケモンが!」
「それはお互い様だ、ろっ!」
足払いをバックステップで避けて、当たらないように数発撃って、Feeler02で崩れた体勢を整え集音を開始する。
テツの音を拾おうとして、必要が無いことに気づく。恐らく、テツ達ピースキーパーの持つ特殊兵装“コードアーマー”だろうが…
「だー、うるせえ!何だよ、そのクソうるせえ装備!仕舞え!」
「はぁ?いきなり何だってんだよ…」
耳が痛いが何とかなるだろう…。
「クソ、拉致が開かねえ…!」
掌に光らしき物が集まりAK-107が生成される。そのまま構えて大量に弾丸を撃ち込む。
テツの持つ、AK-107の弾丸を掻い潜り、少しだけ距離を取る。
「リロードするぐらいは待ってやる」そう慢心とも取れる煽りを取ろうとして
頭に銃弾、それも.338ラプアマグナムがめり込むのを感じた。
「これ以上好き勝手するな」そう言う言葉も付いてきそうな弾丸の凶悪性と殺意を十分に感じさせる、そんな横槍だった。
ナイトメアは龍であり、龍にはその身体を覆う様に「外殻」と呼ばれる、龍の鱗と殻を合わせた鎧の様な物がある。龍にテツが撃った様なチンケな弾が通じない理由は此処にもあるのだが。
スナイパーライフルの弾丸の中でも最大級とも言われる.338ラプアマグナムは、その外殻を衝撃波だけで撃ち砕いた。
常人であれば、当たるどころか掠っただけで全身の骨が砕け散る、決して人に使う様な物ではない物だ。
(まぁ、威力が削がれると言っても厚さや強度には個体差があるがな)
頭を貫通した弾丸は威力も余り削がれずに壁にめり込む。ナイトメアも壁に叩き付けられる。
ーーーーーー
「いっつ…おーいスナイパー?倫理観は休暇にでも行ってんのか?」
壁にはヒビと大量のナイトメアの脳漿と血液そして骨の欠片。遠目から見れば…
「綺麗に彼岸花。うーむ、カメラを持って来た方が良かったか?テツ、当たった瞬間は鬼百合でも咲いてたか?」
顔面が真っ青になったテツが口元を押さえる。どうやらお気に召さなかったらしい。
「ふむ、まぁしょうがないか…」
「…どうして、生きてるんだ…?」
ついでに着弾地点と速度から狙撃地点も特定する。
ライフルのスコープを覗くと青年と目が合う。特徴からして恐らく、レイスからの情報にあったトリスタンだろう。その手に持つのは
(L115A5かよ…たしか…4km以上の狙撃を可能とする“サイレントアサシン”とも呼ばれるライフル…だったかな)
頭のおかしい対物ライフルの精密狙撃を頭に直撃しても、テツの位置があまり動いていない。
恐らくだが、再生と復旧にかかった時間は10秒程度だろう。
「テツぅ…お前のお友達の所為で死にかけたんだが?どうしてくれる」
「どうって…どうも出来ないだろ…。それに、今のは脳幹直撃コースだった筈だ!なのに…!」
「なのに死んで無いって?おいおい、墓ン中の魂の無い死人をどうやって殺すんだよ」
辺りはもう暗くなり、引き際としても最高だ。そこのライトには役に立って貰おう。
さっきと同じFeeler02でライトに電気を流す。すると、ナイトメアの頭上からスポットライトの様に光が降り注ぐ。
「幕引きには丁度いい。さて、今日はここまでだ。また来るとしよう。武器のメンテナンスはちゃんとしろよ?」
「喧嘩売ってんのか?いつでも整備してる」
「へぇ、喧嘩だったら80万くらいで売ってやる。俺を殺せりゃ8億入るぞ?じゃあ、トリスタンには後でプレゼントがあるって言っといてくれ!」
「誰が言うか…」
ナイトメアがここに来たと同じ様に、影に入るとテツの表情もまた変わった。警戒から安堵に戻る様な表情。そして
「二度と来るな…」
そんなお約束の言葉も貰えた。嬉しい限りだ。
だが、さすがに、
「блять…疲れた… .338ラプアはツラいんだよ…。お返しは、っと誰だ?」
ナイトメアのデバイスに連絡が入る。コントロールチームの秘匿回線じゃない。
「これは…ハザクラ?こっちは久し振りだな」
空中に浮かぶコンソールとタブを操作して、通信を開始する。
「ハザクラ?どうしたこんな時間に…」
『あっ、お父さん?あのね…私も人間界の学校行ってみたいの!』
「人間界の方か?だが…。いや、お父さんが口を挟むことじゃないな。良いぞ」
俺は…ロクな青春を送れなかったから娘であるハザクラには好きな様にさせてやりたい。
「で、場所はどうするんだ?」
『お父さんが今いる所、何だか面白そうだから!』
コレは…トリスタンとテツへの良いプレゼントになりそうだ。
そんな事を考えながらナイトメアはゆっくりと眠りについた。
海の上、場所を変えれば、悪夢は見ないだろう。そもそもナイトメアが悪夢で悩まされるのがおかしいんだがな…?
黒影君の歪んだ好奇心と戦闘の回でした。次回もお楽しみに。