憧憬の眼差し②
翌日、僕たちはダンジョン都市ガリグの冒険者ギルドに足を運んだ。用事がなくても冒険者ギルドに出向くのが、冒険者の習性である。
すると、その日の冒険者ギルドは少し様子が違った。空気がどんよりと重たかった。
何らか深刻な事態が起きているのは明白だった。
いつもなら飛び付いてくるシャザーも、普通の受付嬢らしく佇んでいた。
「シャザーさん、おはようございます」
「あ、ファハド君にバラカ、オーク討伐の話は届いているわよ。すごいじゃない」
「オークの討伐など、ファハド様からすれば赤子の手を捻るよりも容易いことです」
バラカはまるで自身が褒められたように得意げだった。
「いやいや、まぐれですよ。――ところで、何かあったんですか?」
僕は控えめな声色で聞いた。
「詳しいことは現在確認中なんだけど、どうやら依頼に出た冒険者三人が遭難しているらしいのよ」
「遭難ですか」
「こらファハド君、こんな時に冗談は不謹慎よ」
シャザーは母が子を注意するような口調でいった。
「……いや、そんなつもりではないですよ!」
一瞬何のことをいっているのかわからなかったが、僕は全力で否定した。
遭難と聞いて、僕もつい数日前まで同じ立場で、皆に迷惑をかけたことを改めて思い直した。
「もう捜索隊は出発したんですか? それとも、捜索隊を募っているところですか?」
「捜索隊を募っているところね。実は三人が遭難したと思しき森の近辺で、数日前にオルトロスの群れの目撃情報があってね。他の冒険者たちが尻込みしちゃって捜索隊が集まらないのよ。大規模遠征が二つ同時に行われていることもあって、腕の立つ冒険者がほとんど出払っているのも原因ね」
シャザーは難しい顔で現状を説明した。
オルトロスとは双頭を持つ犬のようなモンスターである。
嗅覚が発達しており、俊敏な動きで獲物の喉笛に食らいつく狩りを得意としている。また、オルトロスは強い瘴気を纏っており、耐性のない人間は吸い込んだだけでも肺をやられてしまう。
「オルトロスですか。大変そうですね」
この時はまさか自分が捜索隊に志願することになるとは露ほども考えていなかったので、当たり障りのない言葉を口にした。
「ファハド様、これです!」
何の前触れもなく、バラカは閃いたような声を出した。
「どれかな?」
「私たちが遭難者の救助に向かうのです」
「いやいや、無理だって! オルトロスの討伐には、通常それを専門にしたプラチナ級冒険者が三人以上必要なんだよ!?」
「そうよ。オークの時とは違うわ。どれだけ腕に覚えがあっても、瘴気をどうにかしないことには土俵にすら立てないわ」
オーク討伐に了承を出したシャザーも、今回ばかりは首を縦に振りそうになかった。
「私は瘴気に耐性を持っているので平気です」
「バラカが瘴気に耐性を持っていても僕が持っていなければ……、いや、そういえば僕も瘴気に耐性を持っているかも」
呪い装備アンジェリカの効果により、僕は瘴気の完全耐性を有していた。
「流石はファハド様です。つまり、私たち二人はオルトロスに挑む資格があるということになりますよね?」
「それは確かにそうだけど……」
シャザーは困惑して唸った。
一刻も早く捜索隊を出したい気持ちもあるが、僕たちを危険な目に遭わせたくない気持ちもあるのだろう。
「ちょっとバラカ、オルトロスの討伐経験はあるの?」
僕はバラカに耳打ちで確認した。
「いいえ、ありませんよ」
バラカはあっけからんと首を振った。
「じゃあ、どうして捜索隊に志願したの!?」
「これだけ多くの人々が関心を寄せている事件を解決すれば、ファハド様の名声は一気に高まるとは思いませんか?」
「そりゃ高まるだろうけど、オルトロスを討伐できればの話だよ?」
「ファハド様が犬ころなどに後れを取るはずがありません」
バラカは相変わらず僕に対して無垢な期待を持っていた。
僕は少しの間思案し、やがて意を決した。
「わかった、捜索隊に志願するよ。冒険者ギルドに迷惑をかけた分、きちんと恩返しすべきだよね」
「その意気です!」
話も纏まったところで、僕は体を正面に戻した。
「シャザーさん、遭難者が向かった場所を教えてもらえませんか」




