日常話_3.空からの襲撃
カイたちがドラゴンから降りたのは、まだ日が昇っておらず薄暗い午前四時のこと。シロはドラゴンの乗車代――乗ドラゴン代――である食料を取りに行こうとする。ドラゴンをねぎらっていたカイは、シロのその背中に「八時着じゃないじゃん」と言葉をぶつけると、あっさりと「カイが休む時間も含めてる。それに、普通の人間はこの時間起きてないから」と返された。
そして十分が経ったら絶対に起こすことを条件に、カイは仮眠をとることにした。
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「お兄ちゃん」
薄らと目を開けると、少しかがんだ小さい女の子が俺の顔を覗き込んでいる。
周りを見渡すと、どこか見覚えのある草原に座っているようだった。女の子の奥には大きな屋敷が立っていて、後ろには木が生えている。この場所でこの風景を眺めながらよく誰かへ助けを望んでいたことを思い出す。
叶いはしなかったけど。
幼い時の記憶と違わない女の子の姿に、夢か、なんて思いながら、もう一度目を閉じた。
「お兄ちゃん」
「うるさい」
耳を塞いでその場にうずくまる。
それでも、忌々しいその声が小さくなることは無かった。
「お兄ちゃん。――帰ってきて」
まどろみの中響いたその望みに、シロの勘に従えばよかったと思いながら、ゆっくりと意識を手放した。
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「カイ」
カイがはっと目を開けると、シロの心配そうな顔が目に入る。そして、少し荒れた息を整えながらシロの背中に隠れた白い箱に目を向けた。
「やっぱ、起きてた方が楽だ」
シロに縋りながら声を絞り出すカイ。
カイは、背中に添えられたシロの手の温もりを心地よく感じ、そのまま何もせずにいたい気持ちになった。
「――っだー! こんなの俺らしくないよな!」
シロから離れ、カイは勢いのまま地面に倒れこむ。シロも倣って寝転がった。ドラゴンはシロの持ってきた食料を食べ終えるとすぐに、来た方向へ飛び去ってしまった。
この辺りにはほとんど人気が無く、廃墟が広がっている。十数年前までは賑わっていたが、皆白い箱を恐れて別の地へ移動してしまった。異界の生き物もまた同様であり、異界の穴ですら箱周辺で目撃されたことは無い。そのため、警察や正当な研究者もここに住むことが無いのである。
つまりここにいる人間は、貧困で行くところが無いか、犯罪者か、禁忌の研究をしているかに絞られてくる。それならばここを指定した研究者もまた、正当な研究者ではないということである。
ユニコーンが別の場所で捕まり、ここまで連れてこられて逃げたということであれば、もうすでにここにはいないだろう。しかし普段は近寄らない箱の近くに自ら現れたというのであれば、箱に関する目的を持って落ちてきた可能性が高いということである。
そのことに気が付くと、カイは大きなため息をついた。
「でも、カイはやるって決めたら途中で放り出さないんでしょ?」
その心を読んだようにシロが話しかける。
「厄介な性格だよなー」
カイは乾いた笑いを浮かべながら、視線の先で爛々と輝く星を見つめた。
空が白み始め、時刻は四時半をまわった頃、ウタがそろそろ合流するだろうと考えながら、ふと、或る違和感に気付くカイ。
「? ……なあ、シロ。あの星ってあんな大きかったっけ?」
先程から見つめている星が大きくなってきているような違和感を訴えるカイに、シロは半ば体を起こしてじっと目を凝らした。
「ああ、大丈夫。ちょっと痛いくらいかな。だって――」
シロが寝転がり直している間も、その星はだんだんと大きくなっていき、カイにも何が起きているのか理解できるほどの大きさになった。
「――落ちてきてるだけだから」
シロがそう言った時、もう既に避けられないスピードで、角の生えた何かがカイの腹をめがけて迫ってきていた。