日常話_2.異界の生き物
時々、カイたちの住む世界と、それとは異なる世界が繋がることがある。
ある日突然、空中に黒くて平たい円――穴が現れ、一時間程で消えるそれからは、カイたちの世界で「伝説の」「架空上の」と呼ばれる生き物が姿を現す――というより、落ちてくる、という表現が適切かもしれない。
穴に落ちた先がこの世界だった、とでも言いたげに、穴の位置が遥か上空であっても、人間の身長ほどでも変わらず、同じような勢いをつけ、重力に従って落ちてくるのだ。
その穴はこちら側からは入れず、研究者たちは『入口と出口の穴がそれぞれ存在する』と発表している。けれど入り口の穴は確認されていなくて、ただの仮説にすぎないまま穴は開く。
穴が発生する場所と時間は不規則で、しかも、穴が空いても生物が落ちてこないまま閉じる場合もあるらしい。発生条件も開くようになったきっかけも不明なまま、こちらの世界は異世界の生物を受け入れている。
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カイは、ここ数ヶ月ほど滞在していた街を見下ろしながら、存外快適なドラゴンの背中で依頼内容をシロに説明した。この少し前に口元のソースに夢中だったシロが「で、依頼って何?」と聞き、カイがまた顔を真っ赤にしたという話はここでは割愛する。
「要は、異世界から来た生物、ユニコーンがいなくなったから探してほしいっていう依頼なんだけど――」
「おかしい」
二人乗りの後ろを振り返ってシロの目を見つめ、カイはこくりと頷く。
依頼内容の前提「いなくなった」がそもそも普通ではあり得ないのだ。今はまだカイとシロ、その他少数の研究者しか知らない話なのだが、異世界の生物は何かを成し遂げるためにこちらの世界に落ちてきている。
ドラゴンで言うと、今カイ達にしているように、人や物を遠くまで運ぶためにやってくる。落ちてきた途端一定の広さのある広場に佇んで遠出をしたい人を待ち始め、食料を提供する代わりに目的地へ運んでくれるのだ。
公式に存在を確認されていないユニコーンも、もし依頼主に用があったならいなくなることは無く、また、依頼主に用が無いのであれば、一週間前に捕まえて一昨日逃げたと言うユニコーンを捕まえて何をしようとしているのか、良い想像はできなくとも、嫌な想像はいくらでもできる。
「やめておこう?」
シロは、珍しく不安げな顔でカイを見つめる。その様子から、カイは半信半疑であったユニコーンの存在を確信する。
また、シロにはよく当たる勘があり、今回は結構厄介な依頼なのだろうとカイは悟った。しかし、首を横に振る。
「それでも、依頼者が自力で見つけ出す前に俺らが見つけないと」
「……うん、分かった」
カイの真剣なまなざしに負け、いまだ気難しい顔をしたままシロは頷いた。
するとドラゴンが減速と下降を始める。
もう着いたのかと、カイが少し身を乗り出して前方を覗き込むと、ドラゴンの頭越し、少し先の方に町一つ分はありそうな白い立方体が見えていた。
「げっ、依頼場所ってあれの近くかよ?!」
カイがシロの方を振り返ると、シロは呆れたような顔で首を振る。
「ほんと、カイって土地勘無いよね」
普段のカイならば「基本的に、どこでも行く何でもやる」の「基本」から外している白い箱が近付いてきていた。