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〈連載版〉DAISHIJI   作者: 愛摘姫
5/14

〈五〉 不思議なきざし

 〈五〉




 もう、終わりだ。何もかも。


 俺はきっと、街中の笑いものになる。


そして、誰もがやってきて、家に入りあれこれ言ってくるんだ。




 そう思うと、暗い気持ちになった。リディもそんな彼を見て、声をかけられなかった。


なんて、声をかけていいんだか。同じ心境だった。もう街に隠し通せない。孤城の中にいるような不安な気持ちになった。ダイシジは、明日仕事場で会うテディのことを考えて、気が滅入った。


 もう終わりだ、明日、鍛冶屋に辞表を出そう。




 仕事をやめよう。


 そして、ここで、1000個作ったら、この街を離れよう。そう自分に言い聞かせて、ベッドに入った。




 よく朝、気が重いまま朝ご飯もとらずに、鍛冶屋へ出かけると、不思議なことが起こっていた。ダイシジを見て、こそこそと笑っていたものたちが、自然と彼に優しく話しかけたりしてきた。


 テディも、嫌味のひとつでも言うかと思ったら、彼に、そんなそぶりを見せずに、優しく接した。


そして、戸棚のことは誰もふれなかった。


 不思議な一日をすごした後に、帰るときになって、テディが、




「もし、休みを変わってもらいたい日があれば、いつでもいってくれ」




とだけ言ってきた。




 ダイシジは、辞めると言い出せないまま、そのまま家路についた。




 その頃、リディも、街で不思議なことが起こっていた。絹物屋のおかみが、リディを見ると呼び止め、




「お前さんの亭主のこと、聞いたよ。何か手助けできるようなことがあったら、いつでも言っておくれね」




 といって、オレンジをくれた。リディはよくわからないまま、いつもと様子が違う街をみて、気持ち悪さを隠せなかった。




 みんなどうして、そんな風にしてくれるんだろう。




 家につくと、ダイシジとリディは、その日あったことを話すと、そのまま戸棚作りに取り掛かった。


 そんなことを言っても、街がどうだったとしても、自分たちがやることは、これしかないのだ。


扉にガラスをはめ込み、金具でとめ、それをやすりですって、形や向きを整えていった。そして、終ると、ニスを塗る。そんな風につくる戸棚は、好きで作っていたころとは、すでに違っていた。


 以前は、暇さえあれば、いじってみたりしていたものだったが、いまや、好きや出し惜しみするようには、作られていなかった。まったく同じになるように、1000個作らねばならない。


 それは、好きとは違っていた。初めて、何かをやらなければいけないと、自分からやっていることだった。


 リディも、なぜ自分までこんなことをしているかなどわからなかった。


 なぜ、彼の仕事を手伝っているのだろう。仕事じゃない、これは、できたところで、買い手さえいない作品なのだ。


お金など入ってこない、そして、これが終ったところで、何がどうなるかもわからないものなのだった。




 900個目に取り掛かっていた頃、街の人たちが、会えば声をかけてくれたり、食べ物をくれたりと何かと気にかけてくれるようになっていた。


鍛冶屋では、先輩の職人がダイシジの代わりにと、その日残業になりそうなものを変わるがわるやってくれたり、たまに何かと、食べ物を分けてくれたりした。




もはや、ダイシジを見て、バカにしたり皮肉を言うようなものは一人もいなくなっていた。




 ダイシジは思っていた。


 なぜ、こんな不思議なことが起こるのだろう。


 今までなら、こんな風に周りが声をかけてくれることもなかった。ましてや、誰ともかかわりたくない俺は、誰とも話したくなかったし、自分のことを知られることも恐れていた。今は、俺のやってることのために、みんなが助けてくれているように思う。


 リディだって、そうだ。あいつは、いつだって、俺のことを応援してくれたけれど、俺はそんなリディの気持ちをずっと無視してきた。俺がやりたいことが、みんなに理解されるはずがないと、誰にも心を閉ざしていた。俺は、ずっと、孤独だった。誰かが手を差し伸べていたとしても、俺にはそれが見えなかった。


 リディがずっと側にいるのに、俺にはそれすらも見えていなかったのかもしれない。今、食べ物をくれたり、声をかけてくれる人たちも、前からいたのだろうか。俺を応援して、力をくれている人が、もしかしてずっといたのだろうか。


 ダイシジは、涙がこみ上げてきた。




 俺はそれに気づかないだけだったのだろうか。気づけば、リディにこの訳のわからないだろう依頼の手伝いをさせてしまっている。これができたところで、何になるかわからないこともわかっていて、もしかしたら、街を離れていかなきゃいけないかもしれないのに、リディは何もいわずに手伝ってくれている。




 街の人たちだって、鍛冶屋の連中だってそうさ。これが何になるかなんて、本当のところ誰にもわからないのさ。それなのに、なぜか俺を応援しようとしてくれている。俺にだって、わからないものを。


 俺がやろうとしていることは、俺にだってわからないんだ。




 ダイシジは、周りの人たちの温かさに応えようとする代わりに、この戸棚の1000個をつくるために、自分だけじゃなく何か一つの大きなレールの上にみんなでいるような気がしてきていた。


けれど




「まさかな、そんなはずない。」




 そうつぶやいた。




 しかし、930個目を終えたあたりから、だんだんと1000個できあがった後のことを思うようになった。今までは、何があっても、どんなことを誰に言われたとしても、どんなときでも、俺はこれをやらなきゃならないんだ、と打ち込んでいればそれだけでがんばれた。




 1000個の道のりはそれだけ遠く、すぐには来るはずがないゴールのようなものだったから。


大きな何かに必死につかまっていれば、不安定になってしまう自分の気持ちを見失わないですんだ。




 けれど、いざ1000個に近づくにつれて、違った恐怖が出てきた。




 これを作り終えてしまったとき、どうなるのだろう。


 それは、あの女の人が戸棚を受け取りに現れるか現れないかということじゃなく、俺がこの先、つかまっておくものがなくなってしまうという恐れだった。


 苦手な人付き合いや、街での暮らしや、自分の中にある悩みのことも、この戸棚を作っているときは、忘れられたのだ。


 そして、これを1000個作り始めてから、周りのいろんなことが変わっていき、全部作り終えたとしても、いままでの俺じゃいられなくなるだろう。






 戸棚を作る前の俺は、人に合わせて、自分のことを何も出せなくて、苦しかったあの頃にもどってしまうのだろうかという、不安が出てきた。


 そんな様子を、リディがそっと横から眺めていた。二人で、こうして作業をしていると、ときどきダイシジが苦しそうに顔をしかめることを、リディは見ていた。




 その内容はわからなかったとしても、リディにも、また不安が生まれていた。


これを作り終えてしまったときのことだ。




 いままでは、二人でなんとかいろいろ切り抜けて、これをつくるために一心にやってきた。ダイシジも、このために多くの時間を費やしてきた。


 これが、なくなってしまったら、1000個作り終えてしまったら、彼は抜け殻のようになってしまうのではないか。これを作っても作らなくても、ダイシジは、街での暮らしや仕事が自分に合っていないと感じていたはずだった。


鍛冶屋の人たちも、彼をいまでは好意にしてくれているといっても、彼の方が、もう街での暮らしや自分を偽って人の中で暮らすことに、苦しさを感じているのだ。


 これは、1000個つくるという一種のイベントだ。


お祭りのように、にぎわっているうちは、どんなことでも耐えられるけれど、これが終わってしまったら、どうなるのだろう。また、もとの生活に戻ることを、彼は自分に許さないだろう。




 もし女神が来なかったら、どこかの街へ引っ越そうと、言ったけれど女神がきても来なくても、わたしたちは、街を出たほうがいいのではないだろうか。彼が生きられる場所を探すほうがいいのではないだろうか。




 リディも不安な面持ちで、戸棚を作っていた。


 ダイシジは、リディのそんな姿を見ながらも、何もいってやれなかった。もし、この戸棚が何もならない屑になってしまったら、とヤケクソな気持ちになったりもした。




 945個目、二人の不安はだんだんと膨れだしていた。それぞれが、思うことを口に出さなかったが、なんとなくダイシジもリディもわかるものだった。




 「ちくしょう、ここにきて、だんだんとむかついてきたぜ。なんで俺はこんなことしなきゃなんないんだ。」




 ダイシジは見えないものに対してのイライラが出始めてきた。今までは、1000個の戸棚を妖精のためにと、半ばおとぎの国の出来事のように感じていた。


 けれど、ここにきて、ゴールが見え出すと、だんだん現実が彼に迫ってきていた。




 俺は、なんのためにこんなことしているんだろう。




 「これを作ったところで、何になるんだろう。


俺は、誰にも認められていない、人の中で生きていけやしない、ちっぽけなやつなんだ。なのに、ちょっとみんなによくされたからって、調子に乗っていた自分に腹が立ってくる。俺は、所詮、こんなところで、街の連中の何かになって生きることができないんだ。」




 誰にだって、今までだって、自分のことが理解されて、認められる場所なんてなかったじゃないか。




 それなのに、これが、全部できちまったら俺はどうなる?


 みんなに妖精の話でもするか?


 それは、気違い沙汰だな。また、いや今度こそ笑いものになっちまう。リディだって、こんなに黙って手伝ってくれているけれど、俺のことをどう思っているかわからないもんだ。


 1000個作り終えたら、旅にでもでるか。俺のことを誰も知らない場所に旅にでも出てみるか。






 ダイシジは、だんだんと、戸棚を作ることにやる気をなくしていった。


 そして、950個目を過ぎたあたりから、だんだん手が止まりだして、966個目を作りかけながら、完全に手が止まってしまった。




 ダイシジは、自分がもう何かの限界に来ていると感じていた。




 戸棚作りは、一人でやっていたころは楽しかった。けれど、この戸棚は違う。


 自分が戸棚を作る意味を見失ってしまったのだ。


 女神が現れて、1000個作るようにといったから、今まで作っていたけれど、今のダイシジには、それすらももう吐き気がするように思えた。


 もう、人が言ったことで自分がやるのは、嫌だった。




 今のダイシジなら、女の人が現れて、1000個戸棚作るようにと言ったとしても、


即座に、嫌だと言っただろう。




 誰かがやれと言った事で、自分がやるのはもう嫌なのだ。


自分の意思ではない。




 俺が妖精のために1000個作ろうと思い立ったのなら、できる。


 けれど、今の俺は、もう自分と他者の間で自分を出せないままバランスよく過ごそうとすることに限界を感じている。


 自分はいつも人の中で余分に感じてしまうため集団が居づらかったり、そのことを人に言えないで、黙々と下を向いて生きて来た。


 もう人の中で、自分を何も感じない鈍感な奴のふりをしたり、別の何かにならないと人とうまくやっていけないと思っていたこと、それに思い悩むことすべてが限界だ。

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