〈十四〉 ダイシジの夜明け
〈十四〉
ダイシジは、やがて星ぼしがちりばめる夜空になる前の、温かな濃い夕暮れの色合いのような、心を染める愛につつまれた時間を感じていた。
時を忘れるほどの、甘美さを、リディの心と寄り添いながらすごした。
「あっ!」
リディが突然、外を指差して声をあげた。
ダイシジは、リディを見て、「どうした?」と聞くと、
ダイシジを振り返ったリディが、顔をくしゃくしゃにしながら、泣いている。そして、泣きながら大きな笑顔の向こうで、こういった。
「あなた、あれを見て!」
ダイシジは、言われるままに、外を眺めると、目を疑った。
夕暮れが閉じられ、漆黒の星空に変わる、藍色と橙色の雲が流れている空の下で、すべての家の明かりは消え、街中の家々の一つ一つに、小さなキャンドルのようなものがともされていた。
それは、よく見ると、ダイシジの贈った戸棚だった。小さな戸棚に、ろうそくを灯してあったのだった。
どの家からも、その明かりは見えた。軒先や、窓辺に置かれた998個の戸棚でできたキャンドルが、街を照らしていた。
「どうして!こんなことが」
ダイシジは、驚きのあまり言葉もでてこない。リディは、ダイシジに寄り添いながら、大粒の涙を流し続けた。
ダイシジは、わからずに、ただ呆然とその光景を見ていた。
この灯りは、テディの呼びかけで、戸棚をもらった街中の人たちが、ダイシジの贈り物に応えた気持ちだったのだ。
リディは、泣きながらダイシジに何度もつぶやいた。
「あなた、よかったわね。よかったわね」
ダイシジの手からわたったものが、こうして皆の心へ届いたという証だった。はじめて、ダイシジは、自分のやっていたことが、誰かに届いたことを味わった。
そして、それは、不器用で繊細な彼のこともすべて、取り去ることなく明け渡して、ダイシジの中のいっとう大事なところからやってきたものが、彼を見守ってきたすべてのものに、受け入れられた瞬間でもあった。
ダイシジは、心の中に何もない風が吹いているのを感じていた。
もう、何もわだかまりもなかった。
ダイシジは、彼のままを自分が受け入れるだけだった。心の中には、澄み切った星空とおなじように、瞬く戸棚の灯りがちりばめられていた。
そして、彼の心に、また灯りが灯った。
自分の分と、リディの分の戸棚にろうそくをいれ、灯りを灯すと、丘から見える窓辺においた。
その灯りを街中のものたちが、見た。
丘の上の小さな、二つの灯り。
それが、誰のものであるか、街中のものたちが、言い知れぬ想いに、涙を流すものもいた。
その晩、誰もが、家の明かりをともそうとせずに、戸棚の灯りをともし続けた。
夜空の明かりが映し出された夜の街は、水辺に映った星ぼしのようにその灯りを照らし続けた。
ダイシジは、「リディ」と名を呼んだ。
小さな精霊の彼女は、そっとダイシジの手から離れて、ベッドにわたった。ベッドに横たわるリディの胸の上に立つと、言った。
「ダイシジ、まだ終わらないのよ」
そう、ニッコリ笑うと胸の中にすっと消えた。ダイシジは、横たわるリディが、目を覚ますところを見た。
「リディ」
目をあげた彼女が、こちらを見てほほえんだ。
「あなた、また逢えたわ」
ダイシジは、リディを抱き寄せて、ただじっと涙を流し続けた。
星の明かりが見えなくなるまで、彼はリディを抱き寄せ続けた。
ダイシジとリディは、それからも一緒だった。
街の人たちが、彼らに起こった奇跡を誰もが受け入れた。あのキャンドルの晩から、街の人たちとダイシジの間に、特別な絆が生まれていた。街中の人たちは、彼を受け入れ、そして、彼も心を開いていった。
テディは、ダイシジに対して表立って好意的なそぶりもしなかったが、本当は、彼がダイシジのことを案じ、また感謝している気持ちを誰もが気づいていた。不器用で粗忽なテディらしい、振る舞いだった。
ダイシジは、あのあと、戸棚をつくる手先の器用さが買われ、家具の飾り棚や、綺麗で繊細なゆり椅子の飾り、小物入れなどを作って、実用品に彩りを添えていった。
彼の作るものは、本当に妖精や何かが入っているようだと、それを置いているだけで、家が幸福になるという噂が、まことしやかに流れ始め、作られたもので、街に彩りを添えていった。
けれど、その噂が、彼の耳に入ることはなかった。
彼は、彼の作品を作ることに熱中し、そして側で支えるリディのことを大切にした。
彼の仕事は、ただ、それだけだったからだ。それ以外のことは、彼の中に入ってこなかった。
以前より明るく穏やかになった、ダイシジと街の人たちとの交流は、末永く続いた。
そんな彼を街の人たちは、こう呼んだ。
『精霊と神の世界をつなぐ手技の人』
-完-