少年は、大航海に旅立たない -4.995-
僕は荷物を幾らか退かして、船底の入口を開けた。
中を覗き込もうとしたところで、突然に僕は胸倉を掴まれて、船底に引きずり落とされた。
「いててててて……」
頭を床に思い切りぶつけてしまい、痛さで悶える。
「ちょっと、約束と違うじゃない!私を隠してくれるんじゃなかったの!」
うす暗い船底で、カナエさんは僕の胸倉を掴みながら、前後に激しく揺する。
ああ、脳が揺れる。
「いや、あれはカナエさんが声出しちゃうのが悪いよ……」
「仕方ないじゃない!急にすごく揺れたんだもん!」
子供の様に喚きたてるカナエさんであったが、その手は小刻みに震えていた。
顔は引き攣っていて、先より余裕が感じられない。
「……仕方ないじゃない……」
そう言って顔を伏せるカナエさんを見ていると、”マネージャーと、話し合ってみては?”なんて提案をするのが躊躇われた。
事情は詳しく知らないが、カナエさんはあの強面のマネージャーを本気で怖がっているらしかった。
(確かに、あの人はタダモンじゃなさそうだしなぁ……)
あの凄みのある声と顔は、堅気の人間とは思えない。
昔何かヤクザ絡みなことをしていたのではないかと疑ってしまう。
(さて、どうしたものかな。カナエさん黙り込んじゃうし、連れてくるとはいったものの……)
板挟みになってしまって身動きが取れないでいる僕。
なんでこんなことに巻き込まれているんだろう……と自分が可哀想になってきた。
(今日は記念すべき初航海となるはずだったのに……)
やがて、胸元の圧迫感は徐々に薄くなる。
カナエさんは、消え入りそうな声でぽつぽつと話し始めた。
「私、駄目なんだ。怖いの、マネージャーのこと……」
少年は、大航海に旅立たない -4.995- -終-