生徒会に立候補!
「貴方、この学校の生徒会長になってくれない?」
僕は放課後の屋上に呼び出されていた。もちろん相手は一ノ瀬澪だ。
オレンジ色に染まる空を背景に彼女は唐突にもそんな事を言う。
事の発端は存外シンプルだ。いつも通り帰宅しようとしている僕の元に彼女が話しかけに来た。彼女は少し不安げに俯き、僕の方を覗き込む。
「ちょっと…一緒に来てくれない?」
彼女の行動に一瞬にして、教室は静まり返り、クラスの視線が僕に注がれる。
注目を浴びるのに慣れていない僕は頭が真っ白になり、暑くないが首から背中にかけて汗をかき、顔を赤くしていたと思う。
慌てながらに断ろうとする僕はふと彼女を見た。彼女の目は黒くすんでおり、吸い込まれそうになるほどの不思議な力に引っ張られ、僕は彼女を見つめ返した。
どのくらいの時間が経つだろう。静まった教室も僕らのやり取りをチラチラと横目に観察しながらも徐々にいつもの雰囲気を取り戻しつつある。
「…いいよ」
彼女の有無を言わせぬ雰囲気に僕は気の利いた言葉を言うわけでもなく、一言呟くと頭を縦に振っていた。
そして、今に至るというわけだ。
彼女の唐突な発言に僕は反射的に彼女に聞き返していた。
「え?…生徒会長?」
「そう生徒会長。今月末に生徒会長選挙があるでしょ、それに出て欲しいの!」
「いや、そんないきなり言われたって…それに一ノ瀬さんの方が生徒会長に向いてると思う」
僕は彼女の言うことを真っ向から否定し、拒否した。
「私じゃダメなの!小鳥遊楓くん、君じゃなきゃダメなの…私のお願い聞いてくれない?」
「そんなこと言われても…それに万が一、僕が立候補したって生徒会長になれるわけないじゃん。2年生には三ノ宮先輩だっているんだし…」
三ノ宮とは2年の男子で、1年生の頃から生徒会に関わっており、既に立候補が始まっている生徒会長選でもダントツの人気を誇っている。
「大丈夫!絶対必ず私が君を勝たせてあげるから!」
彼女の圧に押されてもなお、僕には生徒会長をしている姿がイメージできなかった。
「ごめん。やっぱり僕には生徒会長なんてできないよ…」
彼女の顔を見ることが出来ず、僕は屋上から逃げ出した。
「楓くん、貴方ならこの学校を救えるかもしれない。少しでもいいから、考えてみて!」
背後から聞こえる透き通った声が僕を責めているように聞こえて、屋上を出てすぐに耳を塞いだ。
スマホのバイブで目を覚ました。
スマホには下山拓海の名前があった。
「お前、あの一ノ瀬澪を振ったってまじか?学校中その話で持ちきりだぞ!」
ふとスマホの時間を見ると、午後の9時を回っていた。
学校から帰ってすぐに寝てしまったようだ。
噂というのはやたらと広まるのが早い。
「そんなわけないだろ。俺とあの一ノ瀬澪だぞ?何かの間違いだよ」
こんな些細な否定に効果があるわけないとわかっていながらも否定せずにはいられなかった。
翌朝、学校はもちろんその話で持ちきりだ。教室は僕の姿を見た瞬間、またも静まり、平静を装うかのように賑やかさを取り戻す。
そんな中僕は目の端で一ノ瀬澪を見ていた。いつもとは違い、笑顔が引きつっていて、どこか困っているそんな気がした。
でも、僕には彼女を助ける資格も理由も力もない。結局彼女の1人にして僕は日常に戻る。いつもの退屈な日常に。
「先生また僕ですか?たまには他の人に頼んでくださいよー」
「だから、言っただろ。お前って雑用に丁度いいんだよ」
ため息をつきながらもプリントを持つ僕は無意識に口にしていた。
「僕も生徒会長になれば、こんなことしなくていいのかなぁ」
「は?お前生徒会長なんの?」
驚いた先生がこっちを見ていた。もちろん僕は慌てて否定した。
「そんなわけないじゃないですか。僕ですよ…僕なんかが…」
自分で言っていて惨めになるのを無理矢理笑顔で掻き消すと、珍しく真面目な顔の先生が
「あのな、あんまり自分を無下にするもんじゃないぞ!それにこれから先いっぱい悩んで、間違えて進まなきゃいけないんだよ。
自分の人生なのに自分で答えを見つけ出せず、回答すらも出来ないやつが山ほどいる。でもな、答えなんてわからなくても解答欄埋めて、信じきれる奴だけが上に行くんだ。足掻いて足掻いて登って行くんだよ。
理由とか能力とか考えずに突っ込んでみろよ!」
僕は自然と走っていた。生徒会室のドアを叩いた。
「失礼します。1年の小鳥遊楓と申します。今回の生徒会長選に立候補します!」
理由なんか理屈なんか無理か可能かなんて考えず、ただ彼女の困った顔は見たくない。
断っていて酷く勝手だが、僕は生徒会長選に立候補することを決めた。