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ガレオン船と茶色い奴隷【改訂版】  作者: 芝原岳彦
第三章 流転する運命
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第85話 決断と行動

 ヨハネは階段を駆け下りた。ペテロもその後を追った。パウロは一回の台所で待っていた。

「あっ、どうでした」

 パウロは聞いた。

「ついて来い」


 ヨハネはそう言って一階の奉公人用入り口を出て裏通りに出た。彼の足の裏に、心地よい反発が返ってきた。そのまま織物工房の一階まで歩くと、入り口の扉を両手で大きく開いた。たくさんの織機があった部屋は何もない空間になっていた。彼はそのまま二階へ上がった。そこもまた、大きな空間だった。たくさんあった寝台はみな無くなっていた。彼が部屋の中央まで歩くと、足に何かが当たった。


 それは赤いひもの付いた大きなちばさみだった。市場で試し売りをしていた時に、メグが首から下げていたものだった。ヨハネはそれを拾い上げて、両手で包んだ。メグもマリアもここにはもういない。彼は目を涙ぐませた。その後ろにはペテロとパウロがついて来ていた。

「おい、どうするんだ。ここには誰もいないぞ」

 ペテロは言った。

「二人とも私と一緒に来てくれ。行先は市場の横にあるワクワクの神殿跡だ」


 ヨハネはそう言うと、彼は裁ちばさみを腰の帯に差しながら、階段を駆け下りて工房を出た。彼は商会の建物を見上げた。ここには五年以上いた。様々な人々に出会った。様々な経験をした。だが、ここまでだ、と彼は思った。


 三人は神殿跡の高台にたどり着いた。ヨハネは立ったままで、ペテロとパウロは大きな石に腰かけた。シガーラたちが大きな声で泣き始め、熱い風が吹き始めていた。

「マリアとメグを助ける」

 ヨハネは宣言した。

「助けるって何を言ってるんだ」

 ペテロは膝を抱えながら言った。パウロは目を輝かせながらヨハネを見上げていた。

「カピタンと勘定係の話だと、二人は奴隷扱いになっている。という事は二人とも女奴隷用の小屋に閉じ込められているだろう。あそこなら私は何度も入った経験がある。何とか助ける方法はあるだろう」

「ちょっと待て!」

 ペテロは叫んだ。

「お前、商会の仕事はどうするつもりだ。もうすぐ六年間の年季が明ける。お前はおそらく商会に残れるだろう。カピタンはお前を買っている。いまそんな乱暴をしたら奉公の契約を破ってしまう。奴隷として売られても文句は言えないぞ」


「それでもいい」

 ヨハネは昂然こうぜんと言い放った。

 彼の立ち姿を初夏の太陽が照らしていた。ペテロとパウロから見て、その姿はその瞬間、少し大きくなったように感じられた。

「僕も行きます!」

 パウロは立ち上がって言った。頬を真っ赤にして目を輝かせていた。

「お前は残れ。今までどおり奉公を続けろ。お前には恋人がいる。故郷でお前を待っている。あの娘を失望させるな」


 ヨハネがそう諭すと、パウロは不服そうに腰を下ろした。

 さらにヨハネは続けて言った。

「パウロは商会の中にいて私に協力してほしい。ペテロ、お前もだ。商会の中から手を貸してくれ。決して迷惑はかけない。もし失敗した時は私一人が結果を負うようにする。お前には遠い海の向こうに夢があるはずだ」

「お前はどうなんだ、ヨハネ」

 ペテロは細い声で言った。

「何かやりたい事はないのか」

「私は、やるべき事をやる。やらなければならない事をやる」

「そんなにあの二人が大事か」

「大事だ。だがそれだけではない。私は……」

 ヨハネは声を詰まらせ、しばらくして続けた。

「私は、二度と後悔をしたくない。このさき生きて行く上で、心の負い目を二度と作りたくない。かつて、助けるべき人を助けられなかった、助けなければいけない人を助けられなかった、そんな後悔はもう二度としたくない」

「この街にいられなくなるぞ」

「そうなるだろう。それでも構わない。大切な人たちが目の前から消えようとしている、二度と会えなくなろうとしている、そんな時に奴隷商会の仕事を続けてまで、この街に留まろうとは思わない」

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