表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガレオン船と茶色い奴隷【改訂版】  作者: 芝原岳彦
第一章 奴隷たちの島々
8/106

第6話 インフレーション

 この国の公式通貨「ジェン」は副王の銀行によって発行されていた。硬貨はなく紙幣のみで、かつては数種類の紙幣が使用されていた。今は最高額面の十万ジェン札が主に流通していた。ジェンは発行された当初は信用され高い価値もあったが、副王の権威失墜に比例して、ジェン紙幣の価値も落ち続け、それで買い物をしようとすれば、ひもで縛ったジェン紙幣を手押し車や馬車で運ばなければならないような事態になってしまった。副王の役人たちはジェンの価値を守ろうとあらゆる手を打ったが、弱体化の一途をたどる副王の新政策を真に受ける者は少なく、この国の貨幣制度は混乱の極みにあった。


 市場の計理官の男は神経質そうに椅子のひじ掛けをこつこつ爪で叩きながら言った。

「トマスさん、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか。ここ五年ほど、この国のあちこちの軍閥が妙な軍用手表を出しているようですね。それに各地の地付きの氏族たちがしきりに怪しげな手形を切っているようでもあります。私も現物を幾つか見たのですが、信用してもいいものかどうか。決済の方法として私どもの元へ持ち込まれた時、どうしていいやら考えている所なのです。東の方から流れてくる商人がたまにどこかの軍閥が出した軍用手表を持ち込む場合がありますし、反対に西の島や南では大きな氏族が切った手形が散見されるのです。数年前までは薄っぺらい紙に手書きの署名と判子を押しただけの紙屑のような代物だったので相手にしなかったのですが、最近は上質の紙に手の込んだ印刷がされており、透かしまで入っているようでしてね。副王の出す紙幣よりも立派なものもあるのですよ。これからどうしたらいいのか毎日考えているのですよ」


 すると横から女競売人おんなけいばいにんが彼に低い声で囁いた。

「『考えている』なんて見栄を張ってないで素直に言いなさいよ。『教えて下さい』ってさ。すみませんね、トマス様、この人は見栄っ張りで人に教えを乞うことを嫌がるんですよ。中途半端な矜持は捨ててしまえと日ごろ言ってるんですがね。どうか教えてやって下さいませんか」


 トマスは『この人』という言葉を聞いて先ほどの推理が正しいと確信したが、それをおくびにも出さなかった。

「さあ、どうだろう。私も軍事手表や手形の噂を耳にするが、あまり良い話ではないね。軍閥は離合集散を繰り返しているし、氏族といっても田舎の山賊が馬小屋で酒盛りをしているようなのだから、信用するに足らないと思うね。印刷したものと言ってもそれを印刷した機械はどこからの略奪品ではないだろうか。そう言えば西の島近くで印刷機を輸送する船が海賊の略奪を受けたとの噂を耳にしたな」


 計理官の男は視線を女競売人おんなけいばいにんにやってからすぐにトマスに戻した。一間おいてから女競売人おんなけいばいにんが答えた。

「まあ、お耳が早いのでございますね。あなた様ほどの仲買人が仰るならそうなのでございましょう。これで安心して取引ができますわね。いや、われわれも東西の噂話をそれは熱心に集めているのでございますよ。それでもいい加減な話も多ございましょう。それで判断がつきかねているのでございますよ。さあ」

 そう言うと女競売人おんなけいばいにんは立ち上がって言った。

「四人でこの煉瓦の束を数えてしまいましょう。面倒な仕事はさっさと済ませてしまうに限りますわよ」

 四人はまたうんざりした様子で三千三百枚の紙の束を眺めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ