第74話 輝く月
その夜、彼は部下の奉公人たちに先に食堂に行くように指示すると、工房の入口に近づいた。
扉は開け放たれ、入り口の横に置いてある箱にマリアが座っていた。
彼女は女中服ではなく、寝間着用の貫頭衣を着て、足を延ばして座っていた。彼女の首には赤いJ字型の石を付けた首飾りが付けられ、短い短衣の裾からは形の良い太ももが二本伸びていた。そして黒銀色の髪を結ばずに下ろして物憂げな様子で座っていた。
「どうしたの。マリア」
ヨハネはぎこちない歩き方で彼女に近づきながら言った。
「私だけ休憩時間なの、ふふ」
マリアは笑顔で答えた。その笑顔はどことなくやつれて見えた。
「疲れているのかい」
「いいえ、朝から作業を続け通しだったから、メグが気を使って休みをくれただけ。あれくらいの作業で疲れるほどやわじゃないわよ」
メグはそう言うと膝を抱えてその上にあごを乗せた。ヨハネは動揺しながら誤魔化すように尋ねた。
「忙しいのかい」
「納期に間に合うかどうかの瀬戸際なのよ。みんな必死で働いてるわ」
「納期って……市場で小売りするんじゃないのかい?」
「うふふ、納期のない仕事なんてないわよ。カピタンと契約した期日が近いのよ。メグなんか頭だから必死よ」
「納期に間に合わなかったらどうなるのかな」
「……んんん、どうなるのかしらね。きっと何とかなるわよ。大丈夫。うふふ」
マリアはそう言って笑うと、立ち上がって寝間着の帯を締めなおした。そのはずみで、彼女の大きな胸が服の下で微かに揺れた。その腰のくびれが際立ち、服全体が体に密着して体の線が露わになった。
ヨハネは少しの間、下を向いていたが、声を少し震わせながら言った。
「ねえ、マリア」
「なあに?」
「たまに、君に会いに来てもいいかな。いろいろ君と話したいんだ」
「ええ、いいわよ。何が話したいの?」
「何ってわけじゃないんだけど……」
「ふーん……変なの、うふふ」
そう言うとマリアは、黒銀の髪を器用に結びながら、工房の扉の中に入って行ってしまった。そこからは女たちの放つ熱気が流れ出し、ヨハネの顔を打った。その後ろ姿をヨハネは胸に不思議な痛みを感じながら、見送った。




