第59話 機織り歌
しばらくして、商会に糸が届くと、織物工房の女奉公人たちはすぐに仕事を始めた。
ヨハネたちの手を一切借りずに、娘たちは木綿糸の詰まった箱を開けて、糸を手でしごいて柔らかくした。固めの糸で経糸の列を作ると、緯糸を杼に巻き付けて作業を始めた。工房からは娘たちが踏木を踏み、筬で糸を締める音が聞こえ始めた。初めはバラバラだったその音も、しばらくするとそろって聞こえ始め、それに合わせて歌声が聞こえてきた。
三に四倍する数の
絹と木綿の布地を編んで
天のお方に献上すれば
その見返りはさあ何ぞ
白く輝く真珠玉
天使の羽織る絹衣
心優しい旦那様
その歌声は商会やその表通りまで響き、聞く者の心を晴れやかにさせた。
今まで奴隷売買をしていた商会の奉公人たちはその歌声に聞き入った。特にその商売に後ろめたさを感じていた者の心は娘たちの歌声に浄化され、みな自然に笑みを零した。彼女たちが始めた新しい仕事は商会の人々の心を少しずつ動かし始めた。
特に心を乱されたのが若い男の奉公人達だった。彼らは娘たちが気になって仕事が手に付かなかった。頭のヨハネは、織物工房の中を覗こうとする若い奉公人たちの襟髪を掴んでは引っ張り戻す作業を繰り返さなければならなかった。
そんな日々が数日続くと、織り上がった木綿の糸の束は運搬用の木箱に山のように積み上がった。ヨハネとメグは、綿織物の問屋に製品の評価を頼んだ。
「これだけの物なら、十分に商品になるし、良い値で売れるだろう」
問屋の主人は笑顔で言った。
ヨハネは工房に行く機会があると、マリアがいないか必死に目で探した。しかし彼女の姿を捕らえられなかった。ただ一階の作業部屋の奥に、一人だけ革靴を履かずにサンダルを履いて織機の前に座っている黒銀色の髪の娘を認めただけだった。
「なにやってんのよ」
作業部屋をうかがう度にヨハネはメグに怒られた。
「頭のあなたが、中をきょろきょろ覗いてどうすんのよ。あなた取り締まる方でしょ。今日も奉公人の男の子が窓から覗いてたのよ。何とかしなさいよ」
「わかってるよ」
そう言ってヨハネは肩を落として工房を出て、商会までの裏路地を歩いた。




