第3話 商談
観客たちが興奮冷めやらぬ様子で会場を後にする中、女競売人は、頬傷の仲買人の元へ小走りでやってきて、不安そうな様子でもみ手をしながら尋ねた。
「あの、お客様。大変良い値を付けて頂き私どもの市場と致しまして名誉の限りでございますが、累計のお支払い額が三億三千万ジェンにもなっております。お支払いの方法はいかがお考えでしょうか」
頬傷の仲買人は言った。
「現金をこの場で払う。三億三千万ジェン分の十万ジェン紙幣を馬車でここに持ってこさせる。いま奉公人を金庫に走らせた。この場で一枚ずつ数えさせる。そちらからも立会人を出してくれ。現金その場限り。これで安心かな?」
女競売人は目を瞬かせて答えた。
「大変失礼致しました。余計なお世話かもしれませんが、私どもの警備隊をお貸し致しましょうか? 大量の現金をお運びとなると、何が起こるか分かりませんので」
頬傷の仲買人は念入りに答えた。
「必要ない。現金輸送用の護衛を五人、奴隷輸送の護衛を十人、私が呼ぶ。馬車も現金輸送用一台と奴隷運搬用の十人乗りを二台を出す。これで滞りなく運べるだろう。お気遣い感謝する」
女競売人の女は早口でしゃべり続けた
「特別に金勘定のための部屋をご用意致します。そちらをご使用下さい。私どもの市場からは計理官が立会人として参ります。あちらに軽い食事をご用意致しましたので、ぜひいらっしゃって下さいませ。わたしく、あなた様のようなご立派な奴隷仲買人がいらっしゃるとは、まったく気付いておりませんでした。ご無礼をお許しくださいませ。事前に仰っていただければ、特別のお部屋をご用意致しましたのに。私どもと致しましても、高額の取引は別時間を設けての価格交渉が通例となっておりまして、入札会場で即決という例はあまりないのでございます」
すると、頬傷隻腕の仲買人は歯を見せずに両方の口角をぐっと上げて笑った。
「あなたの口上もなかなか見事だった。会場も盛り上がっていたじゃないか」
女仲買人は媚びるように言った。
「ありがとうございます。この声だけが売りでございますので。あの、重ね重ね失礼ですが、お名前を教えていただけますでしょうか」。
頬傷の仲買人は眉間に皺を軽く寄せて「名前なら入場時に仲買人帳に書いたんだがな」と言いながら仕立ての良い上着の内ポケットから名刺を取り出して言った。
「トマス。アギラ商会のトマスだ。この国の内海沿岸から東インドまで手広く商売をしている。欲しいものがあれば何でも仕入れるぞ。いま使いの者を商社に走らせた。すぐに現金が届くだろう」