第45話 あぶれた人々
「おかしなやつだな。まあいいさ。商会に帰ろうぜ」
トマスは階段を駆け下りた。ヨハネもそれに続こうとしたが、驚いて足を止めた。
第二の市場から下の市場に続く階段の両脇には首から値札を下げた奴隷たちが多数座っていた。みな奴隷用の短衣を着て、すがるような目でヨハネを見ていた。若い女はいなく、中年の奴隷たちだった。ヨハネは急に吐き気を憶えた。心臓が不規則に動きだした。息がうまくできなくなった。ヨハネは奴隷たちの視線を避けながら下まで駆け下りた。そして両膝に両手をつくと、心臓と呼吸が収まるまで、脂汗を流しながら待ち続けた。
「大丈夫か。お前、ほんとに奴隷が苦手なんだな」
ペテロは言った。
「最近、中産階級でも身の回りの世話をさせるために奴隷を買う人たちが増えたんだよ。数年前までは奴隷は奴隷市場で仲買人が買ってたのにな。あの奴隷たちは自分で小金を持ってる人々に買ってもらおうとしてるのさ。買ってもらえれば食い物には困らないからな」
「買ってもらえなかった奴隷はどうなるんだ」
「……まあ、俺たちも明日は我が身さ」
ペテロは小さな声で言った。ヨハネは親友であるはずのペテロとの間に一つの壁を感じた。ペテロは今をそのまま受け入れて順応している。だが、ヨハネはそれができなかった。ヨハネは心臓が収まるのを待つと息を整えて、ゆっくりと下の市場を歩いて行った。ペテロもその少し後ろを大股で歩いた。二人は少し距離を保ちながら歩き続けた。




