第42話 謎の根菜
二人は客引きに捕まらないように通りを走り抜け、市場の中央にある大きな広場にたどり着いた。
そこには組合の詰め所があった。その屋根には見張り台が造られ、そこで見回り組たちが逞しい上半身を晒して腕を組み、周囲を睥睨していた。
その側では、蕃服を着たワクワクの女たちが数人、リュートをかき鳴らしていた。その不思議な音楽は広場じゅうに広がった。ある時は泣くように、ある時は掻き口説くように響いた。その前では蕃服の前をはだけさせて、紐で腰を緩く縛った若い女が腰をくねらせ踊っていた。女が腰をくねらせる度に、胸や太ももの奥が一瞬だけ露わになった。彼女の側に置かれたカゴにはビタ銭が投げ込まれ、鈍い金属音を立てた。人々はさほどワクワクたちの歌舞には興味がないらしく、一瞥をくれて通り過ぎて行った。二人もその広場を通り過ぎると、他の通りにも足を向けた。
北から運ばれてきたという乾物の中では昆布が肉以上の値が付いていた。地元の窯元で作られているという食事用の茶碗やからわけには絵の具で美しい模様が付けられていた。
ヨハネは野菜と根菜の店が並ぶ通りに入った。それらは地元で採れた大根、香りの強い人参、赤太い牛蒡など特に目新しいものはなかったが、一つ奇妙な根菜があった。
握り拳ほどの固い植物の球根だった。ヨハネは手に取ると試しに齧かじり付いてみたが、歯に激痛が走って、しゃがみ込んだ。それを見て店主はあきれた様子で言った。
「ちょっとお兄さん。売り物に噛みつかれちゃ困るよ」
「これはどうやって食べるのですか」
「それは煮たり蒸したりするんだよ。生で噛みつく馬鹿がいるかいな。それにね、種にもなるのさ。刃物で二つに切って埋めると、砂漠でもない限り、痩せた土地でも芽が出て土の中にまた身を付けるのさ」
「どこの国の根菜ですか」
「東インドさ。ハカルタ島だよ。俺は仕入れられるんだ」
そう言うと、店主腕を組み胸を張った。
「お前、何やってんだ。次は織物を見に行くぞ」
ペテロがヨハネの後ろから声を掛けた。ヨハネは店主に代金としてビタ銭を一枚渡すと、布を扱う店が並んでいる通りまで歩いた。
二人は驚いた。
通りに並ぶ数えきれない程の店はほとんどが商品を売り尽くしてしまい、すでに店の片付けを始めている所もあった。ヨハネはまだ織物を売っている店を探すために通りを走り抜けなければならなかった。老婆が店主をしている麻布の店をやっと見つけると尋ねた。
「もう売り切れですか」
「麻布ならあるがの」
老婆は棒切れに巻かれた目の粗い麻布を指さした。
「こんなに売り切れるのが早いのですか」
「ここ最近、布はよく売れるよ。市が始まってすぐに売り切れちまう。あんたも買いたきゃ、もっと早く来る事だね……はい、麻布切り売り、良銭、ビタ銭両方受け付けるよ」
そう言って、ヨハネの横から割り込んできた女に最後の商品を売ってしまった。
「さあ、今日は店じまいだよ。また来てね」
老婆は店を片付け始めてしまった。
ペテロもヨハネの元まで走って来ると息を切らせながら言った。
「ダメだった。織物はどこも売り切れだ。欲しがる客が多いらしい。市が開いてすぐに売り切れるそうだ」
「この街じゃ、必需品の布が不足しているのか……」
ヨハネは驚き呆れた。
「ないものはしょうがない。次はもう一つの市場に行ってみようぜ」ペテロは言った。




