第38話 沸騰する朝市
二人は大通りを抜け、港に向かう坂を下った。
そのあたりからすでに市場の賑わう音が聞こえてきた。坂の上から見下ろすと、まだ西の空に藍色の闇が残っていたが、東の空には力強い朝日が昇り始めていた。その光に照らされて、エル・デルタの朝市会場からは人の熱気が湯気のように立ち昇っていた。
横に長い長方形の市場会場には、中央に大きな通りが設けられ、それと水平に細い通りが何本も造られていた。中央通りの中程には円形の中央広場が設けられ、主催者の事務所が建てられていた。
場所割りを決めているのは地元業者たちの組合だった。
馬借車借の運送業者のほかに、魚や貝を扱う海産業者、牛や馬を動物を商う畜産業者、布を扱う織物業者、奴隷を扱う奴隷業者、通貨や貨幣の両替や送金を行う金融業者たちだった。中でも市場の仕切りで最も力を持っているのは、沖仲士の組合だった。彼らは大きな図面に業者ごとの場所割を地図に書き込み、できるだけ不公正感の出ないように腐心した。
市場の当日では筋骨隆々たる沖仲士たちがもろ肌を脱ぎ、穂先を取り去った槍の柄を持ち、二人一組で肩を怒らせて歩き回った。もしスリやかっぱらいが出ようものなら、口を真っ赤に開いた沖仲士たち追っかけ回され、締め上げられた挙句、中央広場に晒さらされる結果になった。おかげで市場では女子供でも安心して商売も買い物もできる治安が確保されていた。
この市場に店を出したいものはどこかの組合に金を払い、木製の参加証明の板を借りるとそれを店先にぶら下げた。その料金が市場の運営費になった。出店料が払えない者は、市場の入り口周辺にたむろしてゴザを広げ、屋台を引いて商売をした。
そんな市場が最低でも月に一回は行われた。さらに大きな貿易船が入港し、新しい商品がもたらされた際も臨時で行われた。集まる人々はエル・デルタの住民に加えて、貿易船の乗組員やエル・マール・インテリオールの島々の住民たちだった。
ヨハネとペテロは市場に近づくにつれ、不思議な臭いに包まれた。それは、人いきれに加え、生魚と家畜の臭い、そして様々な食材を焼く匂いだった。通常、様々な臭いが混ざると、えも言われぬ悪臭になるものだが、ヨハネにとって市場の臭いはまったく不愉快なものではなかった。それはまるで生まれたての赤ん坊から立ち昇るような、生命力と活力の臭いだった。




