第2話 競売
観客の一人が『隻腕のトマスだ』と囃し立てた。
「はい、そちらの紳士が全品一気にお買い上げ! ありがとうございます。お引き渡しは裏の搬入口で。馬車は用意しておいでですか?」
女競売人は一瞬、顔を赤らめると、媚びるような口調で尋ねた。
「十人乗りの馬車を二台用意する」
その仲買人は書類に目を落としたまま言った。
「こちらの紳士、一流の仲買人のようだね。今日はみな本当に良いお客さんだ。さて、厄介なワクワクが売れちまった所で、次の商品にいきましょう」
女競売人が言うとまた観客たちは手を叩いてせせら笑った。
「お次はムラートだ。良い女奴隷が集まった。みなコーカシコスの血がたっぷり入ってる。その分お値段割高だ」
女競売人が舞台横を見て顎をしゃくると、またも腰布一枚の女奴隷が二十人、革の首輪と足かせを軋ませながら歩いてきた。先ほどのワクワクたちとは違い、みな容姿はバラバラで、肌浅黒く目の大きな者、縮れ毛で目の青い者、背が高く手足の長い者など、十人十色だった。みな左腕にローマ数字で一から二十までの大きな番号札が結び付けられ、その順番で値段が付けられていった。
「まずは一人目の奴隷から! 今年でやっと十八歳! ワクワクとムラートの混血だ! コーカシコスの血もしっかり入ってる。 その姿は如何と人問わば、大きなまなこは賢い証し、大きな乳房は二つの林檎りんご、腰の周りの豊かな果肉、背中に流るる緑の髪は、汚れを知らぬ乙女の証し。こちらの商品、七百万ジェンからだ! どうだい? どうだい?」
女競売人がまくしたてた。
「七百三十万ジェン!」
「七百五十万ジェン!」
仲買人たちが大きな声で値を付けていった。
「八百万ジェン!」
ある仲買人が手を上げ大声を出した。
「こちらの旦那さんが八百万ジェンで落札! 高値で一発落札!」
女競売人は手鐘を鳴らして叫んだ。
「次が二人目の奴隷だ。こちらは今年で十九歳。皆みな様に見て欲しいのは、コーカシコスの証したる、宝石のような青い目だ。まるで地中海のような紺碧なれど、見る人次第で色味が変わる、世にも奇妙な目の色だ、ある人には翠玉色に、またある時には緑玉に、天気のいい日にゃ瑠璃色に、雨雲の下では翡翠色に。この女奴隷は安くはないよ。値段は一千万ジェンから!」
女競売人は胸を張って自信ありげに叫んだ。
「二千万ジェン!」
別の仲買人が静かに言った。
「はい、はい、はい、最低落札価格の二倍額!これで即決だよ。本当に良いお客さんだ」
女競売人は手鐘を鳴らして続けた。
「三人目の女奴隷は、コーカシコスとインディオの混血だ。つまりは半分コーカシコス。 背は高くて長い手足、彫の深い整ったかんばせ、立ち姿の美しさ。侍女よし、子供を産ませてもよし。こちらは一千五百万ジェンからだよ」
仲買人たちは次々と値を付け、落札価格を次々と上げ続けた。
「三千万ジェン」
そこに、静かでよく通る声が響いた。また隻腕のトマスだった。
会場がどよめいた。
「またこちらの紳士さんだよ。みなさんよく御覧じろ。このお方こそ本物の奴隷仲買人だよ。本当の紳士、紳士の中の紳士だよ! この人も一発で最低価格の二倍の値を付けた」
女競売人は声を枯らさんばかりに叫んだ。会場はどよめき、そこを満たす熱気は湿り気を帯び人々の顔を上気させた。
その後も残りの女奴隷たちは次々と売られていったが、三千万ジェンを超える値は付かず、そのまますべての商品は買われていった。
「さあ、ここで最後の見世物、出し物、『一滴の血』が登場だよ!」
もうすっかり声が枯れてしまった女競売人はしゃがれた声で叫んだ。
「見た目はすっかりコーカシコスだ! 青い目、金髪、白い肌! たった一人のご先祖様が、ワクワクの血を引いてたために、奴隷の身分に落とされた、不幸な定めのこの女! 花の芳紀十八歳、今月最後の極上品。値段はなんと二億ジェンからだ!」
仲買人も観客も二億ジェンという値段に驚き呆れどよめいた。高すぎる最低落札価格に観客席からヤジが飛んだ。
「高すぎる!」
「ふざけるな!」
「文句は商品を見てから言ってちょうだいな!」
女競売人は叫びながら手元の鎖を乱暴に引っ張った。
舞台奥の暗闇からその女奴隷がつんのめるように舞台表に現れた。ヤジは一斉に止み、驚きの声とため息が会場を包んだ。その奴隷女があまりに美しく、完璧なコーカシコスの形質を持っていたからだ。高い背に真っ白な肌、背中まで伸びた金色の髪、吊り上がった大きな乳房、幅の広い腰に長い脚。その女は心もち顎を上げて、青い目で昂然こうぜんと虚空を見つめていた。
「さあさあ、淑女紳士の皆様方。ヤジって下さったからにはさぞ高いお値段を付けて下さるのでしょうね! 安売りする気はございませんよ。もう一度申し上げますよ。二億ジェンからだ!」
女競売人はわざとらしく敬語を使って仲買人たちを挑発した。しかし誰もこの極上の奴隷に値段を付けられなかった。女奴隷一人に二億ジェンという値段は過去に誰も聞いた経験がなかったし、外見は完璧なコーカシコスの形質を持っていても、一滴の血と紹介されたからにはワクワクの血が入っているはずだからだ。仲買人たちは石のような顔で静まり返ってしまい、観客たちは左右に首を振りながらザワザワと騒ぎ続けるだけだった。やがてそのざわつきも収まりかけた頃、また隻腕のトマスが低くよく通る声で値を付けた。
「二億ジェン」
またもや会場はどよめいた。観客たちは口笛を吹き囃し、立ち上がって拍手をした。みな頬を上気させて、このめったに見られない娯楽に遭遇できた幸運を心の底から喜んだ。
女競売人は手鐘を高く上げてガラガラ鳴らしながら宣言した。
「さあさ、淑女紳士の皆様方。今日は年に一度の大商いだ。私もこんな仕事ができて大満足だよ。今日の市場はこれでお開き。またのご来場を!」
この日の奴隷市場は終わりとなった。