第33話 V・O・C
馬車を止めて、ヨハネは港に降りた。たくさんの沖仲士たちが怒鳴り声を上げて立ち働く中、ヨハネは南から拭く春の海風に顔を嬲らせていた。心地よい潮風だった。
周りを見回すとすさまじい混雑だった。たくさんの馬車、手押し車、立ち喰いの屋台、鎖で繋がれた奴隷たち、箱詰めされた新式銃、樽に詰められた火薬、多種多様な人間たちが箱を担ぎ、墨で箱や奴隷に番号をつけ、帳簿に数字を書き込んでいた。
その中、大型の馬車が一台止まっていた。そこには『V・O・C』と焼き印が押された大きな箱が上半身裸の男たちによって積み込まれていた。ヨハネは近くにいた老人に声を掛けた。その老人は、手押し車に載せた樽で飲み水を運び、沖仲士に配っていた。
「おじいさん。あの『V・O・C』の焼き印は何か知っている?」
老人は胴間声で答えた。
「ああ、あれは東インドにある大きな商社の印だよ。最近、南の島で採れる良い匂いのする草やら種やらを、この街の大金持ちの連中に売ってんのさ」
どうやら耳が悪いらしく、度外れの大きな声だった。ヨハネもその声の大きさに合わせて大声で返した。
「いったいどんな商社なんだい?」
「わしみたいな分際の人間の知る所じゃねえが、でっかい島に城みたいな屋敷を構えてよ、大儲けしてるって噂だ。そのくらいしか知らねえ」
そう答えると、向こうで水を欲しがっている沖仲士のほうへ行ってしまった。
ヨハネはV・O・Cの印を気にしながらも、沖のガレオン船から数えきれない程こちらに向かってくるハシケの中に、アギラ商会の旗を見つけようとした。羽を広げた鷲が物を掴んで持ち去ろうとしている印の旗がどこかに見えるはずだった。
ヨハネはハシケの一つに一人の若者が、美しい金髪をなびかせながら座ったまま手を大きく振っているのを見つけた。その大男は全身日焼けをしてヨハネに向かって手を振っていた。




