第26話 猥談
ヨハネは一日の仕事を終えて商会の奉公人小屋に戻った。
彼の姿は土埃と汗で汚れてまるでボロ布のようだった。彼は台所で例の粥を胃の腑に押し込むと、体を洗い服を着替えて、いったん奉公人小屋に戻って寝台に横になった。眠りに落ちないように気を付けながら、彼は寝台の上で体だけを休めた。他の奉公人たちはまだ起きていて、部屋の奥で何か大声で話をしていた。奉公人たちの会話がヨハネの耳に入ってきた。
「おまえ、あの飲み屋に行ったことあるか? 街はずれの山かげのよ。ハマグリ印の店だ」
「あんなあぶねえとこ行けるかよ。病気もらうぞ」
「根性ねえなあ。安すぎる店はあぶねえんだ。高めの店は安心なんだ。下の店で一杯やってよ。酌婦の中から一人選んで、上の部屋にしけ込むんだ。いい女いるぞ」
ヨハネは耳を塞いだ。
彼はああいう所が嫌いだった。
そこで働いている女たちがどういう境遇でその仕事をするようになるかよく知っていたからだ。彼女たちは大抵が貧農か貧しい漁師の娘で、親の負債のかたに取られて連れてこられる例が多かった。エル・デルタの悪所はエル・マール・インテリオールの島々に住む貧しい漁師の娘か、北の山を越えて来たヨハネと同郷の娘が多かったはずだった。ヨハネは故郷にいる頃、エル・デルタから来た女衒が村の娘を何人も連れて山を越えて行ったのを何度も見た。
やがてその奉公人たちは連れ立って出かけて行こうとした時、彼らの一人がヨハネに声を掛けた。
「おい、おまえも連れてってやるぞ。ビタ銭くらい持ってるだろ」
「いえ、僕は金を持ってないんですよ」
「なんだ。内職してねえのか。もしかしておまえまだ女とやったことねえのかよ?」
そう言いながらその男が指で卑猥な仕草をすると、他の奉公人たちがゲラゲラと笑い、そのまま外に出て行った。ヨハネはホッとしたが、新たな不安が心の底から湧き上がってきた。
もしティーが売春宿に売られてしまったら、あんな男たちの相手をさせられるのだろうか、そう考えると不安が胸の奥から湧き上がり、様々な想像が頭の中に浮かび上がってきた。ヨハネは両の拳を握り締め寝台に打ち付けるとその間に自分の頭を挟んで不安と怒りに耐えた。




