第14話 白い湯気と茶色い粥
ヨハネがアギラ商会の建物に帰り、奉公人用の扉を開けると、強く臭う湯気が噴き出してきた。
その匂いを嗅いでいるだけで、胸の下から何かがこみ上げてくるような不快感を彼は感じた。そこは奉公人用の台所兼食堂で、食事の準備ができた所だった。大きな長机の両脇に背もたれのない丸い椅子が二十ばかり置いてあり、その近くのかまどでは、背の高い大鍋がグツグツと煮え音を立てていた。
その側で一人の老婆が火の番をしていた。
ヨハネは入り口横の棚にある黒く変色した大きな木の椀と木製の匙を手に取ると、大鍋の所まで行って中を覗き込んだ。茶色と黄色の粒が音を立てて煮えていた。稗と黍を混ぜて質の悪い塩をぶち込んで煮た粗末な粥だった。ヨハネはげんなりして、大さじでベチャリと粥を自分の椀に叩きつけると、すぐ側の椅子に座った。朝からきつい仕事ばかりで腹は減っていたが、すぐには手を付ける気になれなかった。本能的に口の中が唾液で溢れて来るのを待ち、匙で冷まして口の中に少しずつ押し込んだ。柔らかい砂を噛んでいるような歯ごたえと土臭さが口と鼻の中に広がった。ヨハネは吐きだそうとする胃の反射を押さえながら次々と粥を口に押し込んで飲み込んだ。
この食い物とは言えないような食い物を胃の中に入れるにはこの方法しかなかった。初めてこの粥を口にする者はたいてい吐き出してしまう。そのくらいひどかったが、他に食うものは無し、これで腹を膨らますしかなかった。たまに河岸で買われたクズ魚が付く時もあったが、それを食うと大抵の者が腹を壊した。本当に惨めな食事だった。
急に奉公人用の扉が開くと、たくさんの奉公人たちがドカドカと台所に入ってきた。誰かが大声で叫んだ。
「うへぇ、この臭いを嗅ぐとげんなりするぜ」
みな今日の奴隷の運搬で御者や護衛を務めた者たちだった。馬の世話や馬車の手入れを終えて夕飯を食いに来たのだ。大椀と匙を手に取って大鍋の前に並んで例の粥を盛り付けると席に着いた。
体格の良い御者の一人が言った。
「おい、ヨハネ。お前なに一番いい席に座ってんだ。下っ端は扉のそばの寒い所に座ると決まってんだ。次の新入りが来るまではよ」
ヨハネはすぐに立ち上がって扉に一番近い席に移った。奉公人たちは席に着くと一斉に粥を掻き込み始めた。
「おっと、誰も神さまに感謝の祈りを捧げないのかい」
「なんだ、この黄色いゲロに感謝いたしますってかよ」
「でもよ、今日はいいもんが見られたんべよ。若い娘の肌がよ」
「肌つっても、ワクワクの汚ねえ奴隷だべや」
みなへらへらと笑ったあと、一人の奉公人が言った。
「でもよ、あの女奴隷たちとやりたいだろ」
一番年かさの奉公人が顔をしかめて答えた。
「やめとけ。ワクワクの女は病気持ってるぞ」
「ほんとかよ」
「本当さ。ワクワクってのは泥の中にいる汚ねえ貝を喰うんだよ。その貝を喰ってしばらくすると腹がぷっくりと膨れてくるんだよ。しばらくして死んじまうのさ」
「で、その病気は移んのかよ」
「知らねえよ。すべては神の思し召し、ワクワクに関わるとろくなこと無しってな」
年かさは得意げに匙をくるくる回しながら言った。
「お前ら無駄話してねえでさっさと食っちまいやがれ。この穀潰しどもが!」
いきなり入ってきた奉公人頭が大声で怒鳴った。奉公人たちは驚いて、匙で粥を喉にかき込むと、汚れた椀と匙をヨハネ前に積み重ねて、台所を出て奉公人小屋へ足早に去って行った。
「おいヨハネ。食器と大鍋をきれいに洗っとけよ」
奉公人頭はそう言い残すと階段を上って奉公人には決して上る事が許されない二階への階段を昇って行った。




