第10話 奴隷娘T
そこまで酷い目に遭いながらワクワクの女奴隷たちは文句一つ言わず、なされるがままにされていた。馬車の入り口のすぐ側に座っている女奴隷は先ほど衆人環視の中、半裸で歩かせられ、しかも転んで泥まみれになった女だった。顔にも髪にも泥が付いたままで、その女は茫然と座っていた。ヨハネはさっきの罪悪感から自分の手ぬぐいを差し出すと、その女はしばらくヨハネの顔を焦点の合わない目で見つめていたが、その手ぬぐいをゆっくり手に取ると、顔をごしごしと擦り、泥を落とし始めた。泥の落ちたその女の顔は平らな一重瞼で、少し歯並びの悪い典型的なワクワク女の顔だった。
その顔に強い親近感を感じたヨハネは尋ねた。
「君、名前は? いくつ? どこから来たの?」
その女は驚いた様子でしばらく黙っていたが、早口で答えた。
「十七歳よ。北の山を越えた所にある砂の村から売られてきたの」
「えっ、そうなの。僕も北の山を越えて来たんだ。僕も十七歳だよ。砂の村ならよく知っている。砂地に大きな川が流れている所だよね」
その女の顔はパッと明るくなったがすぐにまた石のように硬い表情に戻った。
「あなた、奴隷と口をきいていると、ひどい目に合うわよ。さっき、殴られたばかりでしょ。私も奉公人と話しているのがばれたらまた鞭で打たれちゃう。それに、奴隷に名前なんかあるわけないでしょ。私の奴隷記号はTよ」
「でも僕は……」
「おい、ヨハネ! こっちで木箱を運ぶの手伝わねえか!」
ヨハネが言いかけたところで奉公人頭が怒鳴るのが聞こえた。彼はそちらに振り返りながらその娘に小声で言った。
「その手ぬぐいは君に貸しとくよ。後で返してくれよ」