第98話 メグの告白
メグはしばらく黙っていたが、話し出した。
「わたしが生まれた所は馬車の街なの。男はみんな御者か馬乗りになって、女はその女房になるのよ。馬を扱う仕事をしている男たちはみな気が荒くて、きつい仕事が終わると浴びるほど酒を飲むのよ。それで女房を殴るの。わたしは御者の家族が集まる長屋で育ったんだけど、夜になると泣き声が聞こえるのよ。女たちの鳴き声。顔が腫はれるほど殴られた女たちが、家を飛び出して、井戸の側に集まって泣いているのよ。わたしはそれがほんとにイヤだった。わたしも大人になったら、御者の奥さんになって同じ目に遇うのかって。だからね、わたしは自分でお金を稼げるようになろうと思ったの。わたしのお母さんは機織りが得意だったから、それを習って布を織って、それでお金を稼げば、女一人でも生きて行けるんじゃないかって。同じような女の子たちを集めてみんなで働けば、仲間もできて楽しく働けるんじゃないかって」
メグはそこまで一気に話すと、ため息をついた。
「でもね、みんなで働こうと思うと元手がいるの。織機とか仕事場とか。そんなお金を手に入れるなんて私にはできなかった。そんなときにアギラ商会と取引してる男が街にやって来たのよ。それで契約したのよ。親友のマリアも一緒にね。小さい時からずっとお友達なの。あの娘もわたしと同じような育ちだった。だから協力してくれたの。それで、あの仕事を絶対にうまくいかせるんだって決心したの。絶対にやり遂げるんだって。でももう少しでうまくいかなかった。後ほんの少しだったのに……」
メグの指はヨハネの右肘に薬を塗り終えると、背中を渡って彼の左肘に軟膏を塗り始めた。
「そうだったのか。それならもっと早く話してくれれば、何か協力できたかもしれなかったのに」
「わたしはね、男のひとに借りを作りたくなかったのよ。それにあなたのこと、よく知らなかったから少し警戒してたの。今は違うけど」
そうつぶやくように言うとメグは立ち上がった。
「さあ、おしまい。もう少しご飯を食べてもう一度眠りなさいよ。勝手口の先が台所。さっきのお粥がまだ残ってるわ。それと、これはイゴールの好意よ」
メグは二組のズボンと二枚のシャツをヨハネに押し付けると、コツコツと革靴の踵を鳴らして勝手口の奥に入っていった。白い夕日の中、一人残されたヨハネは水気の寒さに身震いして、シャツを着た。
シガーラの鳴き声と夕方の赤い日が、ヨハネの体を照らした。
彼はもう一度、身震いをした。
ヨハネは台所で粥の残りを腹いっぱい食べると、部屋に戻ってもう一度眠りについた。夢も見なかった。