その2 ジャーニーエクスプレスという急行列車に乗務する、車掌主任のアーク・ソルセードだ
俺は『アーグ・ソルセード』。
ユニオン・セントスフィア鉄道が誇る『ジャーニーエクスプレス』の、車掌主任と乗務員総括責任者を兼務している。
ジャーニーエクスプレス号は、世界中に張り巡らされた我が鉄道の線路を走り、文字通り世界一周を目的とした寝台付き特急列車である。
といっても、停車駅自体はこの列車しか止まらない or そもそも走らない駅もあるため各駅停車。
その代わり、他の機関車と違う蒸気機関と呼ばれる動力を積んだ機関車により、どの機関車が引っ張る列車よりも高速で運転される。
途中で先に走っている列車を追い越す優等列車であることから、ジャーニーエクスプレスは種別上『特急列車』とされている。
周りの乗客からは急行列車と呼んでいるため、ベルも急行列車と呼んでしまっているが。
そんなジャーニーエクスプレスに、10年ほど前に一人の少女が配属されてきた。
その名はベルウェバー・ミストークン。通称ベル。
15歳で無理矢理親に嫁入りさせられそうになるところを、以前から知っていたこの会社が偶々求人をしていたので面接を申し込み、受かって配属されたという訳だ。
見た目的にはかなりクールな印象を与える美少女だったが、あれから10年経った現在はもう大人な女性だ。
初めて彼女を見る者は必ず二度振り向く位。
まるで住む世界が違うような美女であり、正直これほどの女がこの列車で車掌をやっていると言うことを未だに信じられない。
彼女が配属されてから今日に至るまで、先輩の車掌として彼女を指導してきた。
昔は子供ながらの注意力の無さや集中力の短さというところもあったが、大人になった今はそれも改善され、機関士と同様お客様の命を預かる仕事である『車掌』の職務に忠実に励んでくれている。
「先輩? なにか変なことを考えてませんか?」
「お前はいつも思うんだが本当に鋭いよな」
「考えてた内容次第じゃ、奥さんにタンスの奥にしまってある本のことバラしますよ」
「お前が本社のあいつを狙ってることを当人にチクるぞ」
「止めてくださいお願いします」
「俺の本の件も止めてくれるなら言わないことにしよう」
「交換条件ということでこの話は終わらせましょう」
「そうしよう」
こんなかんじで、彼女自身はコミュニケーションは得意な方(ある意味接客業でもある車掌で、コミュニケーション能力が不足してるのは致命的だが)ということもあって、初対面からそう日を経ずにすんなり打ち解けられた感じがある。
なお、彼女と俺は特にやましい関係ではないことを伝えておく。
俺は今年46になるオッさんで、嫁さんと子供も3人いる。
ちなみにベルの方は独身だ。
狙っているというより心から惚れている男はいるのだが。
「さて、積み込みはこんな感じでいいですよね」
「ああ。そろそろ降りてた客が戻ってくるぞ。改札の用意をしよう」
「了解です」
客車の後ろに連結した貨物車への積み込みを終えた俺たちは車掌室に戻り、改札用の器具を持って駅の入り口に行く。
この『ララフォム峡谷駅』は周囲に人家はあまりないが、世界でも有数の絶景が見られるスポットとして有名な所でもある。
日の出から2時間経ったあたりの時間に、空気中の魔力や精霊が力を解放することで、綺麗な虹色のベールが周囲に現れるのである。
この列車の当駅到着時刻もそれに間に合うようダイヤが設定されているため、乗客の大半はそれを見るために一度列車を降りて駅を出る。
そんな乗客を見送ってから既に3刻(3時間)が経過し、列車の出発予定時刻まであと少しとなりつつある。
駅に人はいるものの、この列車以外には近くのターミナル駅らを結ぶピストン輸送列車くらいしかこない事もあって、改札をするための人員はほとんどいない。
なので、この駅も含め大概のこの列車の停車駅は自分たち車掌が改札を行う必要がある、というわけだ。
万一無賃乗車なんてやられたら堪らないからな。
ちなみに、駅の周囲には防御結界が張り巡らされている。
鉄道に害意を持つ者や無賃乗車をしようとする者、というよりも列車と空気その他設備に害のないもの以外は全部まとめて弾いてしまう。
必然的にあらゆる存在は駅の改札口を通らなければホームに入る事は出来ないため、そこの見張りをしっかりとしていればほぼほぼ無賃乗車は防げるという。
もうこの会社に入ってからなんどもなんども思ったが、大魔術師の社長が編み出した防御結界術式の力は本当に凄まじい。
無事に駅を出て行く際にカウントした乗客全員の改札を終了し、車内に乗客全員が乗った事を確認して車掌車から鐘を鳴らして出発の合図を出す。
それを聞いた機関士が機関車の汽笛と、正面についている小型のベルを鳴らす。
直後に動輪が回転する音が聞こえ始め、客車が前へと引っ張られた。
〜♪
『皆様、ララフォム峡谷での絶景は如何だったでしょうか? あの美しい景色を堪能される事ができましたのなら、乗客を運ぶ我々も大変嬉しく思います。さて、次の停車駅は『ソーン集落駅』でございます。到着は現時刻より5刻後の、16刻丁度着を予定しております。なお、食材の積み込みと補充作業が完了いたしましたので、ぜひ食堂車の方もご利用下さい。ただし、長時間の単品お飲物ご注文だけでのご利用は他のお客様が座れないなどのトラブルが発生するため、ご遠慮いただきますよう御願い致します。それでは、ララフォム峡谷からソーン平原へと変わりゆく周囲の光景と、他のお客様との交流など、列車の旅をお楽しみくださいませ。担当車掌は引き続き、私ベルウェバー・ミストークンと、車掌主任のアーグ・ソルセードが努めさせていただきます。車掌室は、2等客車よりと1等客車よりの食堂車入り口にそれぞれございます。なにかお気付きの点やお困りの点がございましたら、お気軽にお申し付けください。なお、両食堂車の間にある料理車は、お客様の通り抜けは出来ません。予めご了承くださいませ』
さすが、ベルの放送は聞き取りやすくて良い。
男よりも女の方が声は通りやすいから、これは仕方ないことではあるんだが。
さて、さっきカーテンを開ける際にベルは2等車方面を担当していたな。
ということは、今度はシフトの入れ替わりで俺が2等車方面の車掌室に詰めるということだ。
ちなみになんで車掌室が二つに分かれているのかというと、要は高い金払って一等客車に乗っている乗客と2等以下の利用客を車内で面と向かって合わせないようにという狙いがある。
食堂車が二つあるのも同じ理由で、間に調理をする業務用車両の料理車を連結することにより、一般客の通り抜けが出来ないよう制限している。
なのに料理車を挟んだ片側にしか車掌室がないというのは、当たり前だが乗客のブーイングの元になる。
俺たちは乗務員として必要なら料理車の通り抜けができる(調理スペースを通らない通路もちゃんと確保されている)ので、ローテーションでそれぞれの車掌室に詰めて乗客の相手をするというわけだ。
なお、一番後ろにくっついてる車掌車には万一の際の緊急ブレーキを掛ける乗務員も一応いるにはいるが、彼は貨物車の荷物番が主な役目なので、車掌としての業務は行わない。
はあ、これから5刻のあいだ。
わかってはいるが、これからの時間は暇なものになりそうだ。