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高校時代に書いた短編集

妹が猫になった日

作者: 井花海月

一日遅れましたが、猫の日を記念に執筆しました。

遅れた理由はまあ、作者の計画性のなさです(笑)


 ごめんね。

 私がいくら謝ったところで、この子には届かない。

 にゃあにゃあと悲しげな声を上げる段ボールの中に入れられた子猫たち。

雨でびしょぬれになった子猫たちを持ち帰って、温めてあげたい。抱きしめてあげたい。

 飼ってあげたい……けど、うちはダメなの。

 きっと、私がここで見捨てたらこの子たちは保健所で殺されるだろう。

 せっかく産まれてきたのに、どうして死ななきゃいけないのだろうか?

どうして、捨ててしまうの? こんな小さな命を。


「助けてあげられなくて……ごめんね」


 私は子猫たちに背を向けた。

 助けを乞うように必死に鳴く子猫の声は、雨に打ち消され私の耳には届かなかった。



「ふぁ~あ……よく寝た」


 背伸びをし、窓から外を見る。

昨日のどしゃぶりとは打って変わって快晴だった。

これなら、雨に打たれることなく学校に行ける。

体を起こし、着替えに取り掛かる。


「にゃー」


 扉の外から猫の声が聞こえる……って、猫!?

ウチに猫だと? 親父は猫アレルギーだから猫を家に入れるなど言語道断なはず。


「みゃーん」


 聞き間違いなどではなかった。やはり扉の奥には猫が?

 おそるおそる扉を開けると、そこに立っていたのは……。


「にゃぁーん!」

「……うぉおっ!?」


 俺の妹こと、美咲が突如抱きついてくる。


「なんだ美咲かよ! 何の冗談か知らないが離れろ」


 いくら美咲が可愛くて甘えてくるからと言って、妹に欲情するほど変態ではない。どうせまたおちょくりに来たのだろうが、相手にしているほど暇ではない。


「にゃにゃにゃ! ごろごろ?」

「ごろごろ? じゃない。しかもパジャマ姿のまんまじゃないか。早く着替えてこい。遅刻するぞ」

「にゃぁ~?」


 ふざけているにしては、随分としつこい。ていうか、美咲ってこんなに猫真似うまかったのか? そっくりすぎて本物と勘違いしてしまった。


「にゃにゃ……はむっ」

「ひゃあっ!?」


 俺の体によじ登り、耳を甘噛みされる。突然の刺激に、思わず情けない声が出てしまう。

 昨日までは、ちょっかいかけまくりではしゃいでばかりのバカ妹だったので、これはこれで新鮮……なんて言ってる場合ではない。

 美咲を引きはがし、自室から出てリビングに向かう。


「美咲のやつが朝から猫に…………は?」


 リビングには、親父が牛乳を飲んでいた。

四つん這いで、皿に盛られた牛乳をぺろぺろしながら。


「お、親父!? 何してんだ!」

「あら、和馬。おはよぉ~」

「か、母さん!」


 親父のイカれた姿を見ても動じない母。


「そうなのよ、お父さんったら今朝から急に猫になっちゃったみたいなの」

「なっちゃったって……」

「ま、これはこれで穏やかだしいいかなって」

「よくねぇよ!!」

「にゃぁあああっ!」

「うぉああっ!?」


 そこへ、再び俺にしがみついてくる美咲。


「あら、美咲も猫になっちゃったの?」

「そうみたい……病院に連れて行った方がいいと思う」


 美咲だけでなく、まさか親父まで同じ症状になっていたとは。


「ま、これはこれで賑やかで……」

「だからよくねぇよ!!」





 どうやら、猫のようになってしまったのはウチの家庭だけではないらしい。


「ぶにゃぁああああっ!!」

「ああっ、奥さん!? 生の魚を咥えて持って行っちゃだめですよ~!」

「にゃー! にゃにゃにゃー!」

「いたぁい! 拓海君やめてよ引っ掻かないで!」


 登校中もお構いなしに、カオスな光景が広がっている。


「にゃぁん! にゃにゃ~」


 美咲は俺の腕を抱きしめ猫の声を発するばかり。結局、美咲は母が着替えさせた。親父もあれじゃあ仕事どころじゃないし、早く何とかしないと。


「にゃぁあっ!!」

「え?」


 聞き覚えのある声が耳に届く。ま、まさか……!


「にゃあ~っ!」

「わぶっ!……し、篠崎!?」


 妹に続き、俺に遠慮なしに抱き着いてくるクラスメイトの少女こと、篠崎(しのさき)琴音(ことね)

 普段は大人しくて、席が隣だからと頻繁に話す程度の仲だが、決してにゃんにゃん言いながら寄ってくるようなタイプではない。


「うぐぐっ……」


 まさしく両手に華……いや、両手に猫と言うべきか。

 ラブコメアニメなどでよくある羨ましい状況なのだが、両手の負担がすごい。これじゃあ登校するのも一苦労だ。


「ふーん、羨ましい状況ね」


 猫の次は、殺気のこもった視線。

 目の前には、見るからにイライラした様子を醸し出す幼馴染の姿だった。


「なかなかのハーレムじゃない。何か弱みでも握っているの? 相変わらず鬼畜ね」


 最低な人間を見る視線を向けるこの幼馴染こと、小沢有紀。いつもツンツンしており、どこか不機嫌そうな様子なので、なるべく関わらないようにしている。だって関わると、こういう風に絡んでくるんだもん。


「い、いや、決してそういう状況じゃないんだが……」

「冗談よ。それで、その二人を含め、付近の人々の知能が低下しているみたいね」


 道端には、食べられた魚の骨が錯乱しており、周りは人間を装った猫ばかり。

いつも人間は猫を被るが、まさか猫が人を被る日がやってくるなんて。


「とりあえず、学校にでも行ってみましょうか。何か分かるかもしれないし」

「ああ、そうだな……」


 この調子だと嫌な予感しかしないが、有紀に従い学校へ向かった。





 結論から言うと、猫しかいない動物園だった。

 学校中が猫だらけ……いや、本物の猫はいないが猫の声で校舎中がやかましい。


「これは、学校どころじゃないわね」

「ああ……」


 校門で生徒指導の先生と校長の四つん這いになった姿を見て、全てを察した俺たちは回れ右する。


「猫は好きだけど、おっさんの姿をした猫の鳴き声はいささか不快ね」

「やはり猫好きのお前でも、この状況は嫌なのか?」

「は? 当たり前でしょう。猫はあの姿をしているから猫なの。抱きしめるとふかふかで柔らかくて、天使のような瞳をしていてぇ……えへへ」


 猫のことを話すうちにほわほわとした表情になる有紀。

 こいつとは幼稚園からの幼馴染だが、猫に関連することになるとすぐこの表情になる。普段からぶすっとしている分、穏やかな表情は可愛く見える。

 そういえば、こいつが美咲や篠崎のように猫になったらどういう行動をとるのだろうか? まさか、猫以外のことにはイライラしかしていないような奴が、にゃあにゃあ鳴きながら俺に抱き着いて……信じられない。


「あんた、何しょーもないこと考えてんのよ?」

「勝手にしょうもないとか決めつけるんじゃねぇ」

「思春期男子の考えることなんてたかがしれてるわ……それよりも」


 いつの間にか普段の不機嫌な顔に戻っていた有紀は、俺の方をびしっと指さす。


「あんたの妹……美咲のほかに、家族で猫になった人はいるの?」

「え? 親父もだけど……」

「ふむ、あたしの家は誰も猫になっていないのよ。猫になっている人間に、何か法則があるじゃないかしら」

「法則ねぇ……」


 美咲も親父も、近所のおばさんも校長も猫になっていた。つまり、性別や年齢は関係ないだろう。


「あ、あんたの父親って猫アレルギーじゃなかった?」

「そうだけど……それって関係あるのか?」


 美咲は猫アレルギーなどないので、関連性は薄い気がする。


「猫アレルギーがあるってことは、猫が好きなはずはない。つまり、猫嫌いな人間がこの症状になった可能性が高いんじゃないかしら」


 名推理しました! と言わんばかりのドヤ顔を張り付ける有紀。しかし……、


「残念だが、美咲は猫嫌いじゃないぞ。篠崎は犬派だが猫が嫌いとは聞いたことがない」

「そうなの!? 美咲!」


 有紀は美咲の胸倉を掴んで揺さぶる。


「にゃにゃにゃ!? しゃぁああっ!」

「いたぁあっ!!」


 美咲はお返しと言わんばかりに顔をひっかく。完全に自業自得。


「くっ……とにかく、あたしはみんなが元通りになるまで家にいるわ。うつされるのは勘弁だし。あんたはそのハーレム状態をなんとかしなさいよ」

「しなさいよって、他人事だな」

「他人事だもの……はぁ、私だけを……たらいいのに」

「え?」

「なんでもないわよ、早く帰れ」


 有紀は小さく舌打ちすると、背を向けて家に帰っていった。




「はーあ、疲れた」

「にゃにゃ~」


なんとか篠崎を家まで送り届け、俺も帰路へ着く。ベッドで横になる俺の隣で甘えてくる美咲。


「ほんと、みんなどうしちゃったんだろうな」


 ふにふにと、美咲の頬をつつく。柔らかくて大福みたいだった。普段はこういうことをさせてくれないので、凄い新鮮。


「お前はこのまんまの方が……って、そんなわけないか」

「二人とも、ご飯よ」

「ほーい」


 母と一緒に、リビングに向かう。

 親父もまだ猫のまんまで、キャットフードを頬張っていた……は?


「おい、ちょっと待って」

「どうしたの?」

「どうして、美咲と親父の飯がキャットフードなんだよ!?」


 ご飯茶碗に盛られたキャットフードを見て、黙っていられるはずがない。


「だって、猫は人間の料理を食べないでしょう?」

「そうだけど、元は人間だし、ていうか中身が猫なだけで人間だからな!?」

「ほーら美咲、たーんとお食べ」

「にゃーん!」

「話を聞けぇええええっ!!」


 一日中、親父の猫真似を見ていたせいで馬鹿になってしまったんじゃないだろうか?

 町の人間がどうして、こんな目に遭ったのか分からないままだったが、今日は一段と疲れそんなことを考える余裕などなく、自室に戻るとそのまま眠りについた。





「え、私が昨日、猫だった?」

「わしが猫? 馬鹿を言うんじゃないよ」


 翌朝になると、二人とも元通りになっていた。


「あら、残ね……よかったわね」


 今、残念って言おうとしたぞこの母親。

 テレビをつけると、案の定昨日のことがニュースとして取り上げられていた。


「ギャグじゃないのね……私、猫の時なんか変なことしてた?」

「抱き着いてきたり、腕にしがみついたり散々だったぞ」

「うわぁああああっ!? なにそれ! 忘れて!」


 顔を押さえて悶える美咲。あんなにゃんにゃん鳴いてた美咲の姿、一生忘れられるわけがない。


「昨日のお父さん、可愛かったわよ~」

「母さん、その話はやめにしよう……な?」


 どうやら、猫だった頃の記憶は残っていないらしい。結局、あの現象は何だったのだろうか?


『あれはもしかしたら、猫の呪いだったんじゃないかのう。ほっほっほ』


 テレビに映った老人の一言で、美咲がピクリと反応する。


「猫の呪い……まさか……まさかね」

「ん? どうした、美咲」

「じ、実はさ……」


 珍しく、落ち込んだ様子で話し始める。


「一昨日、子猫が数匹入った段ボールが帰り道にあって、うちじゃ飼えないからって見捨てたの」

「それって、捨て猫か?」

「うん……雨にずぶ濡れで助けを呼んでいたけど、私は聞こえないふりをして帰った。きっとあの子猫たちに恨まれて、呪いにかかったのかな……なんて」

「なんだ、そんなもの」


 親父の言葉が横切る。


「だいたい、この街には猫を捨てる人が多すぎるんだ。わしなんて、捨て猫を見つけたらすぐ保健所に連絡して殺処分してもらっているぞ」

「うわ、お父さん酷い! 猫だって頑張って生きているのに」

「仕方ないだろ、あんなもん捨てる方が悪い」


 その言葉で確信した、これは猫の呪いだと。

 美咲は捨て猫を見捨てたから呪われて、親父は日頃の行いから呪われたってところか。そして猫とは関わりのない俺や母は呪われなかったわけだ。

 何故、そんなことが起こったのかは考えるだけ無駄かな。元々不条理なものだし、今は元通りだからそれでいいじゃないか。

 まあ、美咲の甘えてくる姿も、ありっちゃありだったけどな。





「ふーん、猫の呪いねぇ」


 心底どうでもよさそうな様子の有紀。昨日はあんな推理しててたくせに。


「そんなことがあったんですね。私、全然知りませんでした」


 元通りになった篠崎さんも驚きを隠せない様子だった。


「無関係みたいな顔してるけど、あんただって、昨日めちゃくちゃこいつのこと襲ってたからね」

「おいコラ有紀!」

「え……わ、私が!?……う、嘘です! 私がそんなふしだらな行為に及ぶはずがありません! そうですよね?」


 元から気の弱い篠崎さんは顔を真っ赤にし、必死な顔で俺の方を見る。それを俺の口から言えってか!?


「うぅ……黙っているということは本当なのですね……うわぁああんっ!」


 顔を覆って逃げて行ってしまった。そっちは学校とは逆方向なのに。


「有紀、お前はただでさえ誤解されやすいんだから……」

「いいのよ、あいつは元から猫を被ってるんだし、本性が曝け出されただけよ」


 ケラケラと笑う有紀。相変わらず非道な女だ。どうしてこんなのと幼馴染なんだろう、もっと俺は可愛くて優しいのが良かったのに。


「今、あんたを凄い殴りたくなったけど、失礼なこと考えてない?」

「いえ、滅相もありません……」

 有紀は俺から視線を逸らし、ため息をつく。

やがて、何かを思いついたようにこちらを振り向き、手をグーにして顔の前にかざす。


「にゃーん!」

「なっ……!?」


 突然の満面の笑みに、決して彼女が発するはずもない言葉。


「ねぇ、ドキッとした?」

「へ?」

「ドキッとしたか、聞いてるの」

「あ、ああ……」


 胸に手を当てると、心拍数が上がっていた。そりゃそうだ、今まで無粋なアイツが急にそんな態度を取ったらこうなるのは当然のこと。


「なら、この路線で行こうかしら」

「何の路線だ?」

「教えない…………あ」


 急に歩行を止め、公園の方を遠目で見つめる有紀。目線の先には、段ボールを抱えた少年が一人。


「ちょっと、待っててくれる?」

「ん? ああ」


 彼女はそのまま公園に踏み入り、少年の前で中腰になる。


「それ、君の猫かい?」

「……う、うん」


 おどおどとうなずく少年に、有紀は黙って目を見ていた。


「引っ越すことになったから、飼えなくなっちゃって、ここに捨てた。そしたら、街が変なことになったんだ。きっとこの猫たちを捨てた祟りだと思って……けど、僕にはどうすればいいか分からなくて」


 つっかえながら話す少年に、うんうんと頷く彼女。


「そっかぁ、でも猫さんも頑張って生きているんだから、それを捨てるのはよくないね」


 有紀は鞄から財布を出し、その中から千円札を取り出す。


「その猫、三匹を千円で売ってくれる?」

「えっ……!」


 少年の顔がぱっと輝く。


「ありがとうお姉ちゃん!」


 何度もお礼を言って少年が去って行くと、有紀は小さくため息をつく。


「またやっちゃった……」

「お前、これで何匹目だよ」


 元々、有紀の家では二匹の猫を飼っている。今回で三匹増えて、一気に五匹だ。いくら猫好きとはいえ、一般家庭で五匹飼うのはなかなか困難だろう。


「仕方ないじゃない……私が頑張れば、この子たちが死なないなら責任もって育てる」


 微笑みながら優しく猫を撫でる有紀。

 相変わらず猫にだけは優しいな。その優しさを少しは俺に分けてくれ。


「あっ、いたいた! 待ってよお兄ちゃん!」


 少年と入れ違いで現れたのは、妹の美咲だった。


「先に行くなんて酷いよ!」

「体操着を忘れて取りに帰ったお前が悪い」

「あれ?」


 美咲は有紀の持つ段ボールを見つめる。


「ああ、これは子猫よ。今日から私のうちで飼うことにしたの」

「へ~……あっ! この毛並みの猫って、そこの公園にいたやつですか!?」

「へ? そうだけど……って、なに泣いてんのあんた!」


 突然、ぼたぼたと涙を流す美咲。そのまま有紀を猫ごと抱きしめる。


「ありがとうございます! 有紀さん大好きです!」

「うわっ! 美咲って同性愛者だったの!? ちょっと、意外と力強いわね……あんたも見てないでこの女を剥がしなさいよ!」

「う、うっす……」



 街のどこからか、幸せそうな猫の声が聞こえたような気がした。


猫の日に捨て猫の話かよペッとか言わないでください。

だから一日遅らせたじゃないですか~(言い訳)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回のも面白かったです! これはジャンルは萌え系?になるんですかね。 ちゃんとオチがあるのが良いですね。 ラストのような世界が、いつかやって来ると良いですね……。
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