部室ときのぬけたかんじの部長
校舎を迂回して部室まで歩いたのは、あの子に見つかりたくなかったからだった。
幸いなことに、誰にも出くわすことなく目的の建物が見えてくる。四角くて無骨な、倉庫みたいな形。ゴーレムのハンガーも兼ねているので、部室はかなり大きい。しかも他の部が使えるような部屋の余りは元々ない。建物まるまる全て、わたしたちの好き勝手、使いたい放題だ。
その分だけ校舎からは遠かったけど、人の目が届かないのは何かにつけ便利だった。
部室の前まで来ると、巨大な壁みたいなハンガーのシャッターが閉まっている。仕方がないので建物の側面まで回り、壁に取り付けられた階段を上った。
部室の入り口はこの二カ所しかない。立て付けの悪いドアを開けると、奥のソファに人の足が見えた。
「杉山真琴、入りまーす」
「うぃーす」
気の抜けた答えを返したのは、ソファに寝転がっている人物だった。
その人物、部長の和美さんはやる気がないのが基本だ。こんな姿だけ見ていると、この人がなぜ部長を務めているのが疑問がわかないでもない。
わたしは自分の椅子に腰を下ろして、机にパイプを置いた。形はもう元に戻っている。
「今日は部長だけですか?」
「庄一君がハンガーにいるよ。ゴーレムの整備してる」
そう答えて和美さんはむっくりと身体を起こした。かなり長い間寝ていたのか、髪の毛がぼさぼさだ。折角の美人が台無しだったけど、まあいつものことではある。
「部長、リンボ、潜るんですか?」
「うーん……」
和美さんは頭を抱え込むようにして唸った。
「潜らないんですか?」
「うーん……。真琴ちゃん、潜る?」
「え、なんでわたし?」
「めんどくさいから」
「だと思いました」
「でしょ?」
和美さんはにんまりと笑う。その顔を見るといつも、猫科の動物みたいだと思う。
理不尽なことを言われても、なんとなくすべてを許してしまいそうになるのが、彼女のあなどれない所だった。
「何か今日潜らなきゃいけない理由があるんですか?」
「ふっふっふ」
妙にわざとらしい笑いで、答えをじらされる。
「そういうの、いいんで。ストレートにお願いします」
「まあ、つまり一種の宝探し、かな」
「宝?」
「こいつの買い取り価格がすごくってさー」
「それって<漂着物>ですよね?」
「そーそー。情報があってね。すごく変わったやつで」
悩むまでもなく、思い当たるところがあった。
「もしかして、<幽霊船>ってやつですか?」
和美さんが眼を何度か瞬かせる。
「お、真琴ちゃん事情通?」
「高山情報です」
「ふぅーむ……」
彼女は難しそうに腕を組んで唸った。
「本当なんですか? あれ」
「そのへんはね、目撃情報がある」
「形は?」
「ああ、真琴ちゃんもそこまでは知らないのか」
「自律行動する、としか」
「二足歩行、人型。体長一メートル前後」
「船なのに、人型? それほんとに<漂着物>ですか? 穴蔵猿とかじゃなくて?」
「どうなんだろうね。さまよえるオランダ人なのかも。でも<機能体>らしきものが確認されてるんだよね。全身が赤く光って……」
「赤く光って?」
「消えたんだって。見えなくなったのか、移動したのかはわからないけど」
まあ、そういうこともあるかもしれない。なにせ<リンボヒラサカ>の中で起こる出来事だから。
「映像とかは?」
「残ってない。距離も遠かったらしいし」
「うさんくさいですね」
「この話だけだったらね。でも、別口で<幽霊船>の情報が流れ始めたから」
「なるほど」
顎に手を当てて、身体は自然と考えるポーズをとっていた。
<漂着物>の代表格といえば<宝石>だ。
人と共生する鉱物。<リンボヒラサカ>に存在する物体に働きかけ、ゴーレムの力を制御するインターフェイスにもなる。
代表格だけど、たくさんあるわけじゃない。人間の役に立つから有名なだけで、<漂着物>の中ではレアな方だ。何の役にも立たない<漂着物>も沢山ある。
一時間ごとに長さが二ミリ短くなってゆくキノコの形をした<漂着物>。
ウスターソースの汚れだけを洗い流す、液体状の<漂着物>
トランペットにそっくりだけど、吹いても音はしなくて、ただスズランに似た香りが吹き出てくるだけの<漂着物>。
どこかで見たような形だけど、機能は異なる、というパターンが大多数を占める。
でも、動物のように動く、という話は聞いたことがなかった。しかも二足歩行。
あそこには変な動植物も多い。はっきりと<漂着物>と言うからには、何か確証があるのか。
もしかして、既にいくつか確保しているとか? まあ、あり得る話だった。
「あの、出現した場所は?」
わたしが尋ねると、和美さんはまたにんまりと笑った。
「お、行く気になった?」
「そうはいってないですけど」
「結構深くって、第四層。森林地帯」
「なるほど、<鎮守の森>ですか」
今日はそういう運命なのかもしれない。
第四層には、行く用件があった。