黒獣の腕と巨神の腕
「ボーっとしてんじゃねぇぞォッ!」
雪斗の白く発光する左拳がクルトの頬ギリギリをかすめる。
「ああ、ごめんごめん。少々、昔を思い出していたんだ」
「そりゃあよ。俺に失礼じゃねぇか?」
「……そうだね、謝るよ――じゃあ、そのお詫びというわけではないが、神代の時代の力を見せてやるよ」
力に目覚めて日が浅い雪斗もその変化を生存本能で察知し、大きく背後に跳びのき距離を開けた。
その行動は正解だ。
クルトの閉じられた瞳はゆっくりと開かれ、両の金眼が慈しみを浮かべる。
「カウンテルト:――」
雪斗には理解の出来ない単語だった。だが、今はそんなコトはどうでもいい。身体中を引き千切らんとする暴力性に富んだクルトの魔力はどんどん澄んでいく。純化されていくのだ。自分たちが汚染された廃棄ガスであるなら、非常識のソレは新緑に踊る通り風。
「巨神の腕」
クルトの背後に巨大な魔法陣が展開し、そこから巨石を思わせる握り拳を作る腕が生える。
「なんだ……よッ!?」
その巨大さは首の可動域限界まで見上げられ、それでも長く太い剛腕が天に拳を持ち上げていく。
「じょ、冗談じゃねぇぞォッ!!」
この後起こる破壊の一撃が脳裏に映像として流れた瞬間に身体は動き出し、暴力圏外にまで退避しようと、己の足を限界以上の速さで足を運ぶ。
「逃げるなよ。抗え、この程度の力すら凌駕できずに世界が救えるなんて甘い考えは持つな」
その言葉は雪斗の足を止めるには十分だった。
彼の性格を知っているからこそ、挑発的な言葉を投げかけたのだ。
「チッ……上等だ。ああ、そうだよな。こんな馬鹿でかいだけの腕をぶち壊せねぇで、世界を救えるわけねぇよなっ」
黒獣の加護を受けた、魔力殺しの右手を慣らすように握り拳を何度か作り、威勢よく獣のように声高く吠え、振り下ろされる暴虐の一撃を迎撃せんと拳を突き出す。
「うぐッ……ガァ……アァァァァァァァァァッ!!」
空気の摩擦を受け、膨大な熱量を生み出し、雪斗の周囲の酸素を喰らいつくし、視界は奪われ、身体全体を押しつぶさんとする重みに耐えきれず、雪斗は死を覚悟した――いや、そんな暇もなく、全ては終わっていた。
視界は暗い。
音はない。
「ああ……俺は」
後頭部に水枕のような柔らかさだけは感じることができた。
鼻腔から脳にシトラス系の香りが直接伝わり、意識が徐々に呼び起こされていく。
「くすぐってぇ……」
瞳を開けても、視界がぼやけている。
頬をまるで猫じゃらしが柔らかく撫で、それが鬱陶しく無意識のうちに手で払うと、真上から可笑しそうな笑い声が降り、また顔になにか柔らかなソレが当たる。
「……うぜぇ」
「そうかい?」
「お、れは……?」
「あぁ、無理に喋らないほうがいいよ。喉が焼けちゃってるから」
言われ、単語単語でしか言葉を発せないことに気付き、そのもどかしさに苛立ちを覚える。
「今すぐにその眼も治すさ」
優しく諭すような声は間違いなく、クルトのものだった。
いま、自分がどのような状態なのか。それを確認することは出来ないが、しばらくすると、身体から痛みや疲労が抜け落ちていく。
「どうだい、喋れる?」
「ああ、問題なさそうだ。つか、お前なにやってんだ?」
「うん? 膝枕だけど、それがどうかしたのか?」
「問題は……ねぇけど、恥ずかしいからやめろ」
ゆっくりと身体を持ちあげる。
「あっ、ちなみにさっき顔に触れてたむず痒いモノの正体は俺の髪の毛だから」
「…………」
そんな、ことはどうでもいい。雪斗は深い溜息を吐き、今一番聞きたい問いをめんどくさげに投げかける。
「俺は、あのあとどうなったんだ?」
「死んじゃったね」
「……はぁ!?」
何の冗談なのか。クルトの閉じられた瞳からは真意を導き出すことは出来なかった。
こんばんは、上月です(*'▽')
『受け継がれる意志、守るべき日常』を読んでくださっている読者様。前回の投稿から少々間が開いてしまいましたが、今日からまた物語がスタートします!
さて、次回の投稿は明日の夕方を予定しておりますので、是非ともよろしくお願いします!!