語られた始まりの世界
バンドの練習は十八時まで続けられた。朝の十時から始まって八時間の練習に皆、疲労の色を見せるがその表情には満足感と高揚感が見て取れた。
睦月はメンバー達からの夕飯の誘いを丁重に断り、彼の待つ隣の公園に向かうと、その寂れたベンチには先程から全く動いていないのではないか、と感じさせるくらい同じ場所に腰掛けている彼の隣に腰を下ろした。
「練習おつかれ、いい旋律だったね。アレはキミの内面を表しているのかい? そこに、僕は感情という熱と真意を見いだしたよ」
などと楽しそうに笑いながら話す彼を遮り、昼間の続きを話すよう促した。
「うん、そうだね。世界は始まりの場所と呼ばれる最初の世界を軸に、平行世界が木の枝のようになって生まれているんだよ。別にその世界が一番初めに誕生したってわけではないんだけどね。まぁ、それも込みで色々話すから疲れてるところ悪いけど頑張って聞いてね」
髪で隠されていない左目を一度伏せ、何かを思案したのちに言葉を紡ぎ始める。
「始まりの世界というのは最初は普通の世界だったんだよ。星としての生命も安定し、文明レベルも非常に高度なものだったんだ。今から話すのはその世界の物語。主役は銀色の髪を持つ魔王。そして、人という種族に生まれながらにしてその魔王を愛してしまった悲劇の聖女の物語さ。魔王の名はアルベール・ハイラント・ルードリッヒ。聖女の名はクリスティア・ロート・アルケティア。その世界は魔族と人間の世界で……う〜ん、そうだね。わかりやすく言うとファンタジーな世界だよ。西洋の建造物、剣と魔法の世界。そして魔王は十人いたんだ。実力も申し分ない人間にとっては最悪で災厄な存在。そのアルベールは序列三位と序列的にも上位に位置し、彼は人間という種族を愛していた。だから、人間を滅ぼそうとする仲間と決別し、人間界を放浪するんだけど、その旅の最中に出会った少女……宗教国家の聖女クリスティアと運命的な出会いを果たすんだ。そして、二人は友となりいったん別れる」
少年は懐かしむよう、そして悲し気な表情が街灯に照らし出される。
「アルベールはその呪われた身体に悲観しながら生きていたんだ。彼を視認は出来るけど触覚・圧覚・痛覚・温冷覚がないんだ……まぁ、簡単に言えば霊体だね」
睦月には何の事だか分からない話が延々と紡がれていく。
「話しが長くなったね。もうすぐ物語は終わりを告げるから、もう少し我慢しててね」
少年は深い溜息を吐き出し、今にも泣きだしてしまいそうな瞳で笑いながら睦月に笑いかける。
「クリスティアに邪神と呼ばれる常世を滅ぼした神と一つになり、僕たちの世界を滅ぼそうと動きだした。それでも、残った彼女の友人達は奮闘したよ……後世の支配者:シン・リードハルト、第十魔王『千雷の狩人』:シラー・トゥイークス、第八魔王『堕ちた邪竜』:エリーザ・ブリュイヒテール、第七魔王『氷精の王』:アズデイル・クリュトリュス、第六魔王『無限回廊の番人』:シオン・トレヴァリオン、第四魔王『煉獄の鎧騎士』:グランド・ヘル、第三魔王『銀聖の影法師』:アルベール・ハイラント・ルードリッヒ、第二魔王『絶対の預言者』:クルト・ティアーズ。彼らは彼女を救う為、廃墟と化した世界で全力を持って立ち向かった。だけど……実力が違いすぎた。彼らが相手しているものは原初や宇宙万物の法則性そのもの……いや、それらを管理し調律する存在。いくら一人一人が世界を滅ぼしうる力を有していても、相手が法則……絶対的なルールでは、どんな盤上だろうと勝てるはずがない。それでも諦めずに彼女を呼びかけた。きっとこの声は届く、帰ってこいと何度も何度も……ね。だけど、結局は届かなかった。いや……もしかすると届いていたかもしれないし、彼女も戦っていたかもしれない。でもアイツの方が圧倒的だった。仲間は1人また1人倒れていき消滅させられていった。そして、最後まで残ったのはアルベールとクルトの二人。クルトは自暴自棄になり特攻という愚行の末、その身は焼かれ仲間の展開した異空間の穴に落ち消えた。残ったアルベールは全を焼く無慈悲なる炎にその魂もろとも焼かれて消滅し、結局は全滅しちゃったんだよ」
「それは、事実なの?」
「もちろん、これは嘘偽りなき事実さ。そして、彼女は世界に自身の誓約を規律とした世界を造り上げる為に今も枝の様に広がる世界に対し侵略行為を行っている。僕等はね、そんな彼女が世界全てを壊せないように始まりの世界から直接分岐する世界を壊して、彼女が他の世界に侵攻できないように食い止めてるんだよね」
腕時計に視線を落とせば二時間が経過していた。
「貴方たちの目的が分かったのは良いけど、どうして私に話してくれたの?」
「さぁ……どうしてだろうね。僕も疲れちゃったのかなぁ?」
その声音からは諦めと疲労の色が宿っているのを睦月は感じ取り、問いを投げかける。
「そのクリスティアって人は貴方達でも倒せないの?」
「ははは、出来ることなら"俺"がこの手で彼女を救ってあげたかったよ。でもね、俺らでは勝てない絶対にね」
そのクリスティアという存在がどれほどの実力なのだろうか、と考えてもイメージすら沸かなかった。
それ以上に彼らは世界を救う為に自身が惡となり世界を崩壊させて廻っている事に驚きを隠せなかった。
世界を救う為に世界を壊す、これは善の行いなのだろうか?
生真面目な性格だからこそ彼等の行動を冷静に深く考える。
「睦月ちゃん考えるのは辞めなよ。もはや考えることに意味はないんだ。もし、最悪俺達がキミたちに負けたとしよう。そしたら、キミたちが代わりにクリスティアを救ってくれないかな?」
「えっ……」
唐突な願いに睦月は一瞬言葉につまるが、いつもの巫山戯た様子の彼ではなく真摯な眼差しをしていた。
「私達が貴方たちみたいに他の世界を崩壊させて廻れってこと?」
「ふふふ……違うよ。世界を崩壊させて廻っているのは僕らの導き出した正解だ。その時はキミたちが仲間内でよく話し合ってから君たちなりの正解を導き出せばいい。クリスティアは疲れている。そろそろ休ませてあげないとね。俺はあの時ちゃんと打開できる未来を視ていればこのような結果にはならなかったかもしれない。それが唯一の後悔だ」
睦月は先ほどから彼の言葉に違和感を感じた。目の前の彼は自身を俺と言ったのだ。きっと……今の彼が普段の"本当"の彼なのだろう。
「一つだけ聞いていい?」
「あぁ、いいよ。なんでも聞いて」
「私達が貴方に勝てる勝率って正直何%くらいなの?」
「キミたちが全員覚醒して力のなんたるかを理解して、その実力をマスターすれば僕の仲間には勝てるかもね。でも僕に勝てる確立となると、一%くらいじゃないかな。0%になるか一%になるかはキミたちの能力とチームワーク次第だろうけどね」
彼はそういいコロコロと笑う――どこか、乾いた印象を受ける笑い方。
「私達は貴方たちの足元にも及ばない実力なんでしょ? だったらやっぱり私達では無理な話しじゃない?」
「どうしてかな睦月ちゃん。誰も彼女を殺して勝利しろなんて言ってないよ。僕はただ彼女を救って欲しいんだ。もし救ってくれると約束するなら……」
ここで睦月の意識は遠くなっていき、彼が何を言おうとしているのかわからなかった。
意識が完全に微睡みに溶ける寸前に彼じゃない誰かの姿が一瞬視界に映った。
それは美しく優しげで、だけど、どこか影のある瞳を伏せた男性とも女性とも見てとれる中性的な顔立ちをした人。
気づけば見慣れた天井だった。
完全なまでの無機質な白い天井。周囲には愛用のギターやコンポなどの音楽器具で満たされた安らげる部屋。いつ、どのようにして帰ってきたのかは記憶にない。長時間眠っていた時のような頭痛に頭を抑え、リビングに向かうが誰もいない。
彼に告げられた真実。そして、もしもの時に託された想い。
冷蔵庫のミネラルウォーターを一口飲み干し、ベランダに出ると生ぬるい風が肌を撫で、大空を見上げると満天の星々と地面を照らす月明かり。
ポケットから携帯を取り出すと着信が3件はいっていた。
差出人は母親と蛍。そして、知らないアドレスだった。
母親からは仕事が遅くなるから夕飯は適当に済ませとくようにとのいつも通りの内容で、蛍からは明日の集合時間と場所が指定された内容だった。
そして知らないアドレスの内容は異質だった。まるで文字化けしたかのような内容で解読は不能だった。この文章に意味があるのか、単なる悪戯なのかは分からないが気味が悪いので削除し部屋に戻る。
衣服を洗濯機に放り投げ浴室に入り頭からシャワーを浴び、今日1日の疲れが流されていくのを肌で感じ、鏡に映った自身の貧相な身体つき見たことにより、気持ちはどんよりと沈む。
「……どうして成長しないんだろう」
自身のスタイルに常々悩み続け、色々な方法で胸を大きくしようと努力を重ねるが、一向に大きくなる素振りを見せない。
自身の胸を触ってみるが、ただたんに虚しさが込み上げるだけだった。
「はぁ……」
浴室を出た頃にはスッキリし考えることをやめてテレビをつける。
たいした番組はやっていなかったが、暇つぶしに写っている映像を視界に映して時間を潰し、眠気に襲われると、一度大きな伸びをして布団に潜り込む。
こんばんは上月です(*'ω'*)ノ
次回の投稿は9月23日の夜となりますので、よろしくお願いします。