差し向けられた一匹の子羊
また一本の鎖が空間から現れ、見下ろしてくる少年を捕縛しようと迫り繰るも蛍は右手の甲で軽く弾き鎖を消滅させた。
「さっきその鎖に触れたときに見たんだけど、キミの前世は罪を犯した神を殺す神。つまり処刑人といった所だね。そんな睦月ちゃんに問わせてほしいんだけど、この世界を消そうとする僕は処刑の対象なのかい?」
睦月は鋭い瞳をさらに鋭くして、ただただ睨みつけるだけでそれ以上何も出来ない事に歯がゆさを感じているのだろう。
「オマエ シネヨッ!!」
店員は包丁を宙に浮かび睦月たちを見下ろしている少年に向かい投げつけるが、右手の人差し指と中指で挟み受け止める。
「はぁ、キミは今誰に向かって何を言って何をしたのか理解してのかな?」
といい指で挟んだ包丁を店員に向かい投げる、その起動は見えなかったが一直線にただ心臓を狙ったという事だけが理解できた。
店員の後ろで何かが深く刺さる音がし、店員は恐る恐る後ろを振り向きそこには心臓と思しき物が刺さった包丁が床に刺さっていた。
そう、その心臓の持ち主は誰だなんてことは百も承知店員のものである。
店員の胸元と背中からは1テンポ遅れて鮮血が噴水のように噴出し、生命活動の終わりを告げるようにゆっくりと膝から崩れ落ち、魂は肉体という監獄から解き放たれた。
「此処の掃除は僕の方でしておくから気にしなくていいよ。うん、キミたちは此処にもう用はないよね? だったら僕の力で公園まで送ってあげるよ」
宙に浮かぶ少年は何かを呟いた瞬間に店内はまばゆい光に包まれ、急に意識が遠のく。
心地よく入ってくる小鳥たちの囀りや子供達の笑い声が聞こえ。
続いて太陽の優しい抱擁と肌を撫でる涼風。
この情報を纏めると自分たちは外にいる事がわかった。閉ざされた瞼を開けると眩しい大空に一瞬頭に痛が走る。
公園の芝生に仰向けに寝ている上体を起こし、周囲を見渡すと同じように俊哉、雪斗、睦月も同じように仰向けで眠っていた。
「うぇ〜気持ち悪い。なんか胃がムカムカすんだけど……というかここ何処なんだ?」
「クッソ、口内が脂っこいぞ、吐きそうだぜ」
「ここは……」
3人も意識を取り戻し料理を延々と食べていた2人は具合が悪そうにお腹などを摩って、睦月はなんか疲れたといった表情をしていた。
「うぇっぷ……そういえば、俺達さっきまでハンンバーグ屋にいたようなきがしたんだけど、何で公園にいんだ?」
「どうでもいいから俺は早く胃薬を飲みたい気分だ、マジ最悪だぜ、気分がわりぃ……」
「先に薬屋に行ってっからお前らは後からでも来こい・おい、俊哉いい加減俺に体重預けるのやめろ」
2人はよろよろと立ち上がり俊哉が雪斗に絡みつきながら公園の出口もとい街の薬屋に向かっていく。
「何で私の能力ってこんな弱いんだろ。正直アイツに言われるまでそんな事思ったことすらなかったのにな」
睦月は青空を眺めながら不意に独り言のように呟く。
蛍に似ている少年に言われたことがショックだったのだろう。
「別に全員が全員攻撃に特化してなくてもいいと思う」
相手の感情を読むのに長けていない蛍はそんな事しか言えなかった。
「個人の能力にあった戦い方があるはずだから、ソレを見つければいいよ」
「……そうだね。蛍君の言うとおりかもしれない、私にしか出来ない戦い方があるはずだよね」
「……」
「さて、あの2人を早く追いかけようか」
蛍と睦月も腰を芝生から上げ、付着した草や土を払い街に向かって歩き出す。
そこは大聖堂……かつては威厳に包まれていたのだろうが、今はその煌びやかな姿は無く英雄達の姿も無い。
今この場に居るは同じく世界を捨てて逃げてきた罪の意思を抱く子羊達の中でも凶暴な男。
彼等は長椅子に腰掛け、大聖堂の女神像の真下で微笑む片目の少年を注視していた。
「非常識はどんどん世界の摂理を歪めて来てやがる、主様よそろそろ遊んでねーであの元凶と繋がる世界全て壊さねーとまずいんじゃね?」
ローブを被った男が一列前の長椅子に足を乗せながら、だらしなくイスに腰掛けている。
そんな彼の姿勢を何処か懐かしむように口元を少しだけ持ち上げる片目の少年は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「別に今はそこまで急ぐことじゃないよ。あの非常識は深く眠りにつかされているお姫様(常識)によって最近は行動力が落ちているみたいなんだよね。だったら別に急ぐことじゃないんじゃないかな? でも、そうだね。彼らの覚醒率は芳しくないのも事実で、時間に余裕はあるけど有限ではないからね。仲間もまだ規定人数そろってないみたいだし、ここはちょっとキミが行って少し刺激を与えてきてくれるかな?」
少年は不敵に笑い、目の前の人物を見据える。ただ見据えているだけ、それだけのはずなのに身体に悪寒が走り小刻みに四肢が震える。
それは恐怖。
「はっ……はは、オーケー。わーったよ、行ってきて殺さない程度に刺激与えてやればいいんだろ?」
「うん、頼んだよムーティヒ・イェーガー」
ムーティヒは彼の視線から逃れるべく踵を返し、出口に向かい扉の奥に消えた。
その姿を見送る彼は喉を鳴らすように笑う。
誰もいない静かな聖堂に小さく鳴る声が不気味に反響し、それは悪魔の囁きに似ていた。
「ははは、俺の身体も……そろそろ限界、かな?」
少年の身体に一瞬だけノイズが走る。
その日、街は曇天に覆われ雨の降りだしそうな日だった。
それでも彼等は仲間を集めるべく傘を片手に、行き交う人々を掻き分け探索していた。
睦月はライブが近いということでバンドの練習に行ってしまったので、彼女の姿は無く今回は男3人だけとなる。
俊哉は道行く女性に眼を光らせ、蛍は飲料水を飲みながら地面を見つめながら歩いている。唯一まともに探しているのは雪斗のみだった。
「おいッ! テメェ等もちゃんと探せよ、睦月がいねーと俺1人でこいつ等の面倒見なきゃいけねぇのかよッ」
普段でもあまり機嫌が良くない雪斗だが、今日は一段にも増して機嫌が斜めだった。
「いやいやいや、俺ちゃんと探してるじゃん。探してねーのは蛍だけだろ?」
俊哉は一度雪斗に向き直り後ろを歩く片目の少年を指差し、また女性物色をし始める。
「俊哉はただ女性を見てるだけでしょ、僕は飲み物を飲んだらちゃんと探す」
両者共に自身のサボリを押し付け合い、それに対して雪斗は深い溜息を1つ零す。
「わーったから、2人とも何か見つけたら教えろよ」
この2人に対して最早期待すらせず、自分だけで探すと決意を決め、今いない睦月に内心愚痴をこぼしていた。
電子の旋律がライブハウスにて反響し自身の身を焦がす睦月達の姿があった。
多種な明かりが明滅しステージを彩る、その上に汗を迸らせながら楽器を掻き鳴らすメンバー。マイクが睦月の声を拾い、スピーカーから拡声器の如く放つ。普段のような柔らかさはなく、ただ激しく声帯が潰れんばかりに荒げた声。
その歌詞は世界に対する虚無感、自身の小ささを題材にした唄だった。
私が生まれてきた意味、私が成さねばならぬ業、死を迎えるその時までの覚悟、運命という悪魔の掌に踊らされている道化。
そんな彼女が常に心より深い原初にして彼女を構成させている想い。
心の弱い者が聴けば彼女の人生観に心を穿たれ、熱狂的な信者にまで変貌させてしまう唄。
「睦月ちゃんおつかれだよぉ、コーラ飲む?」
イスに座り休息する睦月に仲間の娘が冷えたコーラを睦月に差し出し、それを受け取ると一気に半分まで飲み干した。
「ありがと八恵、休憩前の一曲で少しテンポずれたでしょ?」
優しくコーラを手渡してきた少女に語りかける彼女は普段どおりの睦月の姿だった。
「あっちゃ〜、バレてたか。流石は睦月ちゃんの耳は誤魔化せませんでしたか」
各自メンバーは昼食をとりシャワーを浴びに行ったりと各々で休憩をしていた。
「ふふ、まぁね。流石に休憩無しで通しちゃってたから仕方ないけどね」
「あっ! ねぇねぇ、あの人が睦月ちゃんの言ってた人?」
八恵が指差す先には睦月のよく知る彼が扉に背を預け立っていた。だが、睦月は直ぐに不信感を覚えた。それは彼がこの場所を知っているはずがないから。
彼等にライブハウスの場所を教えた覚えはない。でも彼はこうしてこの場所に来ている。考えられる答えは1つだった。
メンバーには時間まで休憩しておくように伝え、蛍の姿をした少年と一緒にライブハウスの隣にある小さな公園のベンチに腰を下ろす。
「貴方が蛍君じゃないことは分かってるから要件を手短に言って」
「ははは〜バレちゃってたか。そうだね、あの中で1番の常識人であるキミには話しておこうと思ってね。これは他言無用だよ。もちろん蛍君達にもね。この世界を壊そうとしているのは僕らだけじゃない。そもそもアイツが存在しなければ僕らは世界を壊すなんて真似はしなくて済むんだけどね」
彼の言っている事が全く理解できない睦月はわかりやすく説明するように促す。
彼は1度大空を見上げ、木々の隙間から漏れる木漏れ日、風に揺らぎ安らかな音を奏でる葉という楽器に耳を傾けている。
「話すと少し長くなっちゃうんだけど大丈夫?」
「長くなるなら練習が終わってからでもいい?」
それに首肯する少年。
睦月はベンチから腰を上げ、スカートを軽くはたき、ホコリを落としてライブハウスに向かう。
「じゃあ此処にいるから終わったら来てね、来ないと大変な事になっちゃうかもしれないから〜」
といい彼は背を向けて歩いていく睦月に手を振る。
こんばんは上月です(*'ω'*)ノ
次回は9月21日の水曜日となります。