塩を手繰る能力
「満ち潮に香る潮風の抱擁、辛く悲しい過去を錆びつかせ腐敗させるその慈悲は、私の心に染み渡る――|悲しみを瓦解させる潮風の錆び《ラグ リンアード》」
琴人は詠う。
澄んだ水面のような声質には、ただ自分が今できる最大限の想いをぶつけようと、能力を展開させる。
「さっきより、潮の匂いが強くなった!?」
睦月の頬をひとしずくの汗が伝い落ちる。
自分の身体に変化はない。ただ、潮の匂いが強くなっただけだ。だが、いったいこの現象にどのような意味があるのか。琴人の能力の真価はなんなのか。グルグルと巡る思考の中で、目の前で対峙する少女は優しく微笑んだ。
「睦月、いくよ!」
手をかざすと、何の変哲もない風がそっと睦月の身体を抜けていく。
「琴人、貴女の能力って――ッ!?」
気づいてしまった。
彼女の能力の真価を。
異常な程に口内から水分が失われ、喉が渇く。
「潮風じゃ……ない。塩そのもの……」
「うん、そう。私は潮風で鉄などを腐敗させたり、物質に含まれる塩分量を調節するの」
「塩の浸透圧……だっけ? 理科って苦手だから詳しくは……忘れちゃったけどね」
足腰の力が急に抜け落ち、唇はカサカサになる。
「とても厄介ね……ッ!」
睦月は手の平から鎖を放出し琴人の身体に巻き付かせるが、重厚な鉄の塊は赤錆に浸食され子気味良い音と共に砕け散る。
「睦月の能力と私の能力じゃ、その……相性が悪すぎるよ。できれば、降参して欲しいな」
「ははは……冗談」
言わないで、と付け加えるつもりだったが、自分が思っている以上に自身の身体から水分が抜けてしまっているらしく、喋るのも苦労が伴う。
脱水症状だった。
負けを認めれば全てが終わる。だが、諦める気は微塵もなかった。むしろ、こんな状況であっても勝利の糸口を模索し続けるその足掻きは、きっと滑稽だろう。
それでも、睦月視線だけを辺りに配る。
「……あれだ!」
即座に新しい鎖を展開させ、自分の腰に巻き付かせてはある方角に向かって乱雑に投げ捨てさせる。
「えっ……睦月、なにをして――あっ!」
睦月の身体は少し離れた場所にある巨大な池に水しぶきを撒き散らして沈む。
琴人はこの池の存在を完全に失念していた。ここまでの量の水を何とかできるほど自分の能力は便利ではない。せいぜいが人間一人に含まれる水分が限度だった。
だから、池を前に何も成すことが出来ず、呆然と立ち尽くすしかない。
「琴人、この勝負貰った!」
外灯は池を照らさない。
つまり、真っ暗な場所からの奇襲に僅かの後れを取る。
「きゃあっ!」
足に固い何かが巻き付き、軽くひっぱられただけで態勢を崩ししりもちをついてしまう。
ただ、それだけだった。
追撃はない。足に絡んだ鎖もスルスルと蛇のような動きで解き水面に沈んでいった。
こんばんは、上月です(*'▽')
次の話しは睦月と琴人の蛍についての会話がメインとなります
次回の投稿はまだ未定です。