腕相撲大会の勝者は……
蛍は机に並べられた料理を皿に盛り、パクつきながら腕相撲を少し離れた場所から観戦していた。
「蛍くん、そのエビチリ私が作ったんだけど……美味しい?」
「うん、美味しい」
琴人が人目を忍び蛍の隣りに並び、頬を赤らめさせながらも上目遣いに聞くが、感情の抑揚が無い声で素っ気なく返される。
「相変わらず……だね。俊哉くんもあれからまったく変わらないね。でも私は――」
「琴人も変わってないよ。あれから……」
あの夏の海で遊んだ記憶が鮮明に思い返される。
後悔の念。俊哉と蛍が守れなかったかけがえのない友人。
「琴人は怒ってない?」
「……うん、怒ってないよ」
「……そっか」
「うん……」
沈黙が二人の間に妙な壁を作る。
「あっ……蛍くん、クルトさんとヘルトさん、どっちが勝つと思う?」
唐突な話題転換に蛍は一瞬の間をあけて考える素振りをみせ、小首を傾げ唸る。
「たぶん、クルトが勝つと思う」
「私はヘルトさんかな。クルトさんは確かに私たちの中でも一番強いけど、いまのヘルトさんなら負けないような気がする」
「…………」
二人の視線は周囲に外野と共に盛り上がる魔王と武人の姿だった。
「おい、ヘルト。流石に疲れてきてるんじゃないか? 俺の細腕を折るんだろう?」
「ぬぅ! クルト、まさか手を抜いていないだろうな!」
「ん? どうだろうね。それは自分の力で見極めるんだねっ」
「ぐぐっ! 女の細腕と侮っていたか……腐っても魔王か」
「俺はまだ腐るには早いと思うけどな」
拮抗した力と力は両者の腕を小刻みに震わせ、双方の顔色にもそれは現れ始めていた。
観戦している俊哉とムーティヒは治療を終えて、自分たちをこのような目に合わせたヘルトに対してブーイングの嵐を轟かせる。その他のメンバーは熱に酔わされたのか、頬は上気しているようにも見え試合に意識が飲まれていた。
「私達も応援に行こう」
「うん、そうだね。その前にエビチリおかわり」
琴人の創ったエビチリを更に大盛りでよそっては、間近で観戦すべく皆の輪に加わる。
「ヘルトさん、頑張って!」
「うむ、琴人よ。しかと見ておけ魔王を打倒するその瞬間をっ!!」
「おっと……急に力が増したね。ふぅん、そういうことか、ヘルトお前も中々にいい感じに馴染んできたんじゃないか?」
「ぬかせっ! 我が精神は常に戦場にアリ! 我が拳は敵を打つ武神の賜物である!」
「ふふふ、口でなんと言おうが俺には全て視えてるよ」
「今こそ、決着をつけるぞ! クルトォォォォォォ!!」
机が大いに揺れ熱気に満ちた試合と完成は静寂を取り戻す。
「……あ、負けたか」
「どうだ、これが武を求め至った俺の力だ!!」
「ふぅ~、女性相手の豪語するほどかな? まぁ、いいけど。まさか本当に俺が負けるとはね」
クルトは閉じられた瞳をさも可笑しそうに緩ませ、手首を擦りながら苦笑する。
「善き戦いだった」
「ああ、そうだね。さぁ、ヘルト。勝利の報告をすべきじゃないかな?」
「む? 報告だと?」
「そうそう、琴人ちゃんにさ」
クルトはからかうようにヘルトの身体を琴人に無理やり向けさせる。
「ヘルトさん……」
「む、勝ったぞ」
「はい! おめでとうございます!」
こうして腕相撲大会は幕を下ろし、蛍の退院祝いも日が涼む頃にはお開きとなった。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回から、また戦いの日常に戻ります。