銀聖の影法師が従えし銀の狼
アルベールは魔力をその詠唱と共に紡ぎ出す。
「威厳と誇りを胸に主を守護せし穢れ無き騎士、汝の牙は安らかなる眠りをもたらす賜物なり━━━━ズィルバンシュ・フェーレン(守護せし誇り高き銀獣)」
銀の粒子が現れて集合しては大きな、銀色の狼が形成された。
銀狼は主人の足元で身を低くしその牙を剥き、蛍を睨み付けていた。アルベールの号令でいつでも獲物を狩って見せようという意思がヒシヒシと蛍の肌を刺す。
「ほぅ、我が忠実なる騎士を見ても大して驚かぬか……面白い」
アルベールは表情を変えぬ蛍に口角を持ち上げる。
だが、実際に蛍は驚いていた。ただ、感情をあらわにする事が苦手なだけである。
「さぁ、我が騎士よ。目の前に立ちふさがる獲物の相手をせよ!」
銀狼は遠吠えの尾を引きながら宙を走る。
「これは、まずい?」
目の前に迫る狼を普通の回避行動でどうにか出来る問題でないと瞬時に感覚し、即座に紫色の瞳を髪の隙間から覗かせる。
視線の先は――そう、アルベールの背後へと向けた。
「なに!?」
狼の牙がその身に触れる寸前に姿を消し、アルベールは翡翠色の瞳を大きく見開く。
その間にもアルベールの背後に転移した蛍は小さな握り拳を取り、それを放つが。
「ふむ、残念だったな」
拳は魔王を捉えることなく、空を殴りつける。
「あれ?」
決してアルベールが回避したわけではない。その場から一歩も動きを見せてはいない。だが、蛍の拳はその身を打つことが無かった。
「どうして、透き通ったの?」
「我に実体はないのだ。故に他人から攻撃を受けることも無ければふれあい温もりを感じることも出来ない。これが影法師という異名の正体である最大の防御にして、我が忌むべき呪いそのものだ」
アルベールは肩マントをなびかせゆっくりと振り返る。
その瞳に寂しさが満ち溢れていた。
「じゃあ、僕はどうやって勝てばいいの?」
「能力に目覚めるしか希望は無いのではないか? 我が抱いた人間の希望が失せたその時が蛍という男の終焉だ」
「……わかってる」
その時間はいつ迎えるのかは分からない。それはアルベールの気分次第だった。だから、その時が来る前になんとしても覚醒せねばならないという焦り。
そもそも考えることが苦手な蛍は、いつも周囲の意見に従って生きてきたのだ。それを短時間で打開策を考えるなんて不可能だと、それでも周囲を見渡し使えるものは無いかと懸命に探す。
「騎士よ、再びその牙を剥け!」
静かに告げるアルベールに銀狼は諸劇を交わされた不満を咆哮に乗せる。
「あれなら……」
蛍は魔眼の力で奥の扉の前に転移し、勢いよく扉を開け放ち広がる廊下の奥にむかって転移し複雑な造りの城内を逃げ回り始める。
こんばんは、上月です(*'▽')
アルベールとの戦いはまだ少し続きます。
次回の投稿は1月17日の火曜日夜となりますので、よろしくお願いします!