安息の眠りの時を待つ非常識達
何故、この場に非常識である彼らが居るのか。その理由は先程言ったように遊び相手を傷つけさせたくはないという事だろうか。その真偽を聞いても目の前でにこやかな表情を浮かべる存在が素直に答えるとは思えなかったので、睦月も蛍も口を閉ざす。
「あれ、俺達がここに来た本当の理由とか聞かないのかな?」
クルトは意外そうに首を傾げては背後に控えるムーティヒに視線を投げかけるが、俺が知るかよという風に溜息を吐く。
「じゃあ、一つ聞くけどさ。今の弥生って人についてなんだけど、彼女は何者なの?」
睦月はあの膨大な力を有する少女について質問を投げかけると、クルトはそうだねと顎に人差し指を当て思考する素振りを見せた。
「キミ達は数年前に地方の都市で起こった異常現象については知ってるよね?」
「えっと、確か……佳巳市全域を覆った霧の発生」
「そう、表舞台では濃い霧が都市を包み込み外界との交通が途絶えたとなっているね」
「なっている?」
蛍は首を傾げると、クルトの言葉を引き継ぎムーティヒが続ける。
「そう、なってるんだ。俺達とある組織が協力してェ、そういう事にしたんだよ」
「まぁ、言ってしまえば今のキミ達と俺達みたいに命を懸けて戦っていたんだよ。ふふ、世界を賭けている分、規模で言えば此方の方が大きいけどね。友人の裏切りによって優しき少年の心は憎しみに染まり、すべてに復讐をしようと力を振りまき、それを止めようと多くの犠牲を生み出しながらも戦った一人なんだ」
蛍も新聞で地方都市を覆う異常気象の記事を目にしたことがあったが、そのような戦いについての記載は一切なかった。つまり、本当に彼らが裏で手を引き事件の全貌を覆い隠したという事になるが、別段驚くことはなかった。以前にも怜央と共にファミレスでお茶をした時もクルトはその場に居合わせた全員の記憶を改善したのだ。それが少し規模が広まっただけで特にクルトからしてみれば苦はないのだろう。
「いいかい、二人とも。キミ達の相手は俺達であって、かつての英雄じゃない。その所を良く肝に銘じておくようにね」
クルトは困ったように眉を潜めながらも、魔眼や能力の使い過ぎで疲労困憊の二人をまるで母が子供を優しく抱きしめるように、その両の手は睦月と蛍を包み込む。
「あったかい……」
「え……えっ!?」
抵抗なくその身を任せる蛍と、困惑に表情を引きつらせる睦月にクルトは可笑し気に笑う。
「今日は疲れただろう? 俺が家に送り届けてあげるから、ゆっくり休んでなよ」
二人はクルトの腕の中で急に脱力し、それをクルトが支える。
「眠らせたのかァ?」
「ああ、疲れた時は質の良い睡眠が一番だからね。それにしても、二人の寝顔可愛いと思わないか?」
「ガキなだけだろォうが、幸せそうに眠りやがって――」
ムーティヒは少しの間をあけてクルトに問いを投げかける。
「俺達もよォ、こんな風に安らかに眠りにつける時が来るのかァ?」
「……ああ、来るさ。きっとこの子達が眠らせてくれる」
ムーティヒもクルトも……いや、今現存する非常識のほとんどが生きることに疲弊し擦り切れていた。始まりの発端はクルトの世界で起こった悲劇だが、その災厄は他世界に住む彼等の安息と日常を奪い、あまつさえ、その魂が限界を迎えるその時まで邪神に抗うことを宿命づけられていた。
「もうしばらくの辛抱だ。それまで俺に着いて来てくれよ?」
「当たり前だろォが! 最後の瞬間までお前に付いていって見届けてやる」
「さて、帰ろうか。この子達を家に送り届けなくちゃいけないからね」
既に周囲は夕日色に染まり、クルトの髪を橙色の染め上げる。
「夕日色は希望……だったかな?」
「なにか言ったかァ?」
「いや、たんなる独り言さ」
二人の非常識は転移の術式を行使し、夕日色の公園から姿を消した。
こんばんは、上月です(*'▽')ノ
今回はクルトとムーティヒの心情を主に書いていきました。
延々と邪神を倒す為に何度も何度も敗北し仲間を失いながらも戦い続けてきたクルト達が願うのは安息の眠り。そして、蛍達ならきっと邪神クリスティアを救い、自分たちに安息の眠りをもたらしてくれると信じながら、その時を待つ。
今は休載している「夕日色に染まる世界に抱かれて」から夕日色は希望という言葉をクルトがそっと呟きました。これは、今後の楽しみです。
予定ですが「夕日色に染まる世界に抱かれて」の更新スタートは12月の終わりくらいからにしようかと思います。一話からの書き直しなので、そちらも読んでいただけると嬉しいです(*^_^*)
では次の投稿は12月20日の火曜の夜です!