雪斗の覚醒、戦争の開幕
紅い宇宙から同じ色の何かが地上に落下しそれは水のように広がりソコから何かが現れた。人の形をしてはいるが人ではない。
以前に蛍達が見た木偶人形のようにも見えるが、今回は殺気という明確な意思を持ち紅の空間から這い出てくる。
頭部はズタ袋のようなもので覆われ、身体は極限まで痩せ細り、手には身の丈以上ある大鎌を携えゆっくりと歩み寄ってくるその姿はまるで死神のようだった。
「気をつけろ来るぞッ!」
「我亡国の英雄にして反逆の騎士、我が剣は義を軽んじる不敬の刃、今此処に断罪と反逆を……アグリンスト フォーバエイゲン(反逆せし騎士の剣)」
俊哉は誰より早く反応し詠唱を唱れば、自身の手首に描かれた模様が地面にも転写され、そこから一本の剣を引き抜き大鎌を持つ存在に向かい駆ける。
「俺一人でアイツを倒してくるぜ!」
「待って俊哉っ! 一人じゃ危な……仕方ない」
睦月の制止を聞かずに一人駆けていってしまった。
鎌と剣が弾き合い、重量武器という大鎌が生じさせた隙を俊哉は自前の瞬発力を最大限に活かし足首をバネにし跳躍からの真一文字の一閃。
これで決着が着いたと俊哉は確信したが、相手は俊哉の斬撃を寸前で交わし大鎌を振りかぶっていた。
俊哉はヤバいと冷や汗が頬を伝い、回避行動をとらなくてはと頭で理解していてもとっさには動けない。
「反意せし罪業を侵せし神、汝断罪の鎖に繋がれ四肢は離別の道を辿るだろう……エヴァーランジェ フリーデ!!(無慈悲にして荘厳なる鎖)」
だがその大鎌は振り下ろされることがなかった。
恐怖で眼を瞑っていた俊哉だが異変を感じ、薄らと眼を開けると大鎌と敵に空間から発現した鎖によって拘束されていた。
死神は身をよじって何とかして抜け出そうともがくが、睦月の発現させた鎖によって強固に束縛され抜け出せない。
「俊哉今のうちに奴を斬って!」
睦月の呼びかけで我に返り剣を持つ手に再び力を込めその首を跳ね飛ばす。
肉を切る感触に鳥肌を立たせながらも何とか敵の無力化に成功した。
「わぉ、俊哉君かっこい~。お姉さん惚れちゃいそう」
悠理は口笛を拭き拍手を贈る。
「まったく……敵を前に油断なんてしないでください。これだから低脳はすぐに浮かれるんですから」
「へぇ~やるじゃねぇか、多少は見直したぜ」
「やったね、俊哉」
皆感想はそれぞれだが内心は俊哉に何もなくて良かったと安堵の息を漏らしていた。
「睦月サンキューなマジ助かったわ。正直お前がいなかっ――」
乾いた音が俊哉の言葉を遮る。
それは睦月が俊哉の頬を平手で打ち、周囲の仲間たちは呆然としていた。
「私は危ないから待ってって行ったよね? それを聞かずに勝手に行動して……私が能力を使っていなかったら確実に死んでたよッ!」
一拍遅れて俊哉は叩かれた頬の手を触れると熱を帯びジンジンと傷んだ。
「ごめん……俺、ちょっと浮かれてたわ。その、次から気を付けるからさ」
睦月の瞳には涙が溜まり、それを流させまいと手で乱暴に拭き取る。睦月は本気で俊哉の事を心配していてくれた。それに俊哉からすれば嬉しく次の言葉が出なかった。
敵を倒したにもかかわらず現実の世界に帰ることができない事に皆不信に思い、何かあるといけないという事で一箇所に固まり周囲に警戒をする。
何とかしてこの世界から脱出したいのだが、その手立てもヒントも無い。てっきり先ほどの敵を倒せば帰れるものとばかり思い込んでいた分そのショックも大きかった。
「まっ、まさかだけどあの敵がもっと沢山出てくるとかはないよな?」
「おい俊哉、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ変なフラグが立つだろうが!」
何十分こうしているのだろうか、敵が現れるでもなく普通の世界に帰れるでもない。ただ、紅い宇宙の下で気を張り詰め過ごしていた。
「本当にイライラしますわね、私こういう無駄な時間が一番嫌いなのよね」
「まぁまぁ、怜央ちゃん落ち着いて、ね?」
イラつく怜央をなだめるのが悠理の役割と化していた。
「さっきからあそこに人が立ってるように見える」
蛍の言葉と指差す方を見ると確かに距離はあるが人らしきものが立っているようにも見えた。ゆらゆらと陽炎のように揺れるそれは本当に人間なのだろうかと、まず始めに浮かんだのはこの疑問であった。
その人間みたいな物体に隠れながら近づいていき、ビルの影から顔だけを出し確認すると確かに人間のように見えた。
黒のシルクハットを被ったシルエットをしているのだが、先程から一向に動く気配がない。
「ねぇねぇ、声かけてみれば?」
「いやいや、さっきみたいな化物だったら嫌じゃん」
「そん時はぶっ飛ばせばいいだけだろ?」
中々意見が纏まらなさそうなので睦月は蛍に訪ねた。
「蛍はどうしたい?」
「僕なら……声をかけてみるかな」
そう言う蛍の意見に皆顔を見合わせて頷きあう。
誰が行くべきかと視線を交わせながら沈黙していると、突如に悠理が行きたいと挙手し仕方なく代表とし向かう。
「なぁ、悠理ねーちゃん大丈夫なのか?」
「知んねぇよ、アイツが行きたいって言ったんだ何かしらの策くらいはあんだろ」
足取り軽くそのシルエットに向かう悠理をビルの影から見守っているとしばらくして悠理が帰ってきた。
「残念、普通の人形だったよ」
「んだよッ! 驚かせやがって」
雪斗は近くにあった小石を蹴り飛ばし、それが見事人形の頭部にぶつかり帽子が落ちる。
「あっ」
蛍の、あっ、という短い言葉に今度は何だという表情で蛍の顔を注視する。
「どうしたの?」
「あの人形こっち向いたよ」
そう言うと皆ギョッとして瞬時に人形の方を振り向くと、小石がぶつかり落ちたはずの帽子が頭に乗っかっていて確かにこちらを向いていた。
先ほどまでは確かに後ろ向きだったはずなのに今は確実に此方に向き直っている。
「うわああああああああああああああああああああああああああッ!!」
俊哉は周囲に響くくらいの大声を上げ、雪斗の後方に隠れる。
どうやら幽霊とかその手のモノが苦手らしい。
「やべぇよ! 雪斗があんな事するから人形が怒ったんだ、謝れよぉ~」
ガクガクと本気で怖がる俊哉に怜央は阿呆らしいと溜息を吐く。
「いいですか顔面底辺、この科学万能の時代に幽霊なんて存在しないんです。まったく子供じゃないんですからしっかりして下さいよ」
「え~でも怜央ちゃん。私たちがこれから戦う相手って科学で説明できないよね?」
「…………」
悠理の疑問には完全なる沈黙で怜央の表情は険しく何かを考えているようだった。
その間にも気づけば人形は此方に向かって歩いてきている。
「テメェ等は下がってろ! コイツは俺がやる。いいか手出しは無用だ。もし、手ぇ出しやがったらアイツ諸共ぶっ飛ばす!」
何も能力を持たない雪斗が彼らの前線に立ち、今まで喧嘩で培われた感覚を研ぎ澄まし、襲撃を加えるタイミングを測る。
「待てって、雪斗お前は能力がまだ……」
「ここらで能力覚醒しなきゃ、どのみちこの先生き残れねぇだろうがッ」
俊哉の制止を聞かずただ一点敵の動きだけを視界に映す。
紳士然とした人形は手を突き出し魔法陣を展開させ、炎が周囲のものを飲み込みながら雪斗に向かって来る。
魔法陣を構成してからの発動に若干の時間差があり、心の準備をするくらいの余裕は持てていたので全力で右側に走り炎を躱す。
追撃を放つ人形だが、どれも躱され自身と雪斗を囲むように炎の壁を展開させる。
「へぇ~逃げ出さねぇようにってか、生憎と俺は喧嘩で尻尾見せて逃げ帰るなんて真似はしない主義なんだよ」
人形に拳を叩き込もうと駆けようとした瞬間だった。不意に襲う目眩と頭痛。
気づけば呼吸は乱れていた。
「なるほどな……こっちが狙いかよ」
人形の展開した炎の壁は相手の逃げ道を塞ぐという効果の他に酸素濃度を薄くするというものだった。
このままでは脳は酸欠を起こしまともに身体を動かすことができなくなる。
それでも人形は平然とこちらに歩を進めてくる。それはもちろん雪斗に止めを刺すべく。
そろそろ限界だと判断した睦月達が詠唱を始めるがそれを雪斗が遮る。
「ふざけんじゃねぇぞ! はぁ、言っただろ……うがッ、手ぇ出したらぶっ飛ばすってよ」
無理やり力を込め、身体を奮い立たせる。気を抜けば直ぐにでも足から崩れてしまう現状で歯を食いしばり、朦朧とする意識の中でさえ敵に立ち向かう。
「いい加減俺に力を寄越せぇぇぇぇぇぇ!!」
手首に鋭い痛みが走り、その瞬間に朦朧としていた意識は清々しいほどに鮮明化し、炎の熱さも感じなくなっていた。
脳裏で流れる映像を刹那の時で理解し受け入れ、紡がれる祝詞を口ずさんでいた。
「黒銀の獣は膨大なる力を破滅へもたらし、白銀の獣は魂を狩り天上界へもたらす。互いに喰らい合い愛し合う双頭の幻獣。汝の祝福を授かる戦神なり……リストリット・オーヴァンデイン(獣神の寵愛を授かる狩人)」
雪斗の右腕には黒銀の獣からの祝福である御印が、左腕には対をなす白銀の獣からの御印が授けられていた。
放たれた炎を右手で受け止めると、炎に触れた瞬間右腕は黒銀色に変色し炎を霧散させてしまう。
「なるほどな、脳裏でみた映像どうりってわけだ」
次々に放たれる炎を黒銀の獣の祝福により魔力の塊である術式を破滅へもたらし消滅させていく。
人形が雪斗の間合いに入り、次は左腕でおもいっきり人形の頬を殴り飛ばす。
人形は地面に崩れ落ちたが最期、完全なる機能を停止した。人形とは本来は魂を入れる器であり、魂を刈り取る白銀の獣は人形の魂を残害すら残らずに喰らい潰した。
術者が死に絶えたことにより周囲に貼られた炎の結界は維持する事が出来ずこれも霧散する。
「おぉ! 雪斗スゲーじゃねーかよ、マジかっこよかっ……」
両腕を上げ雪斗に飛びついてくる俊哉を殴り飛ばし、命のやり取りで溜まった疲れや緊張を深い溜息とともに流し出す。
「フン、まぁ多少はかっこよかったんじゃないですか」
珍しく怜央が他人を褒め、本人も他人を褒めるなんてことを普段しないせいか頬を赤く染めそっぽを向いてしまった。
「怜央ちゃんはもう少し素直になろうね~」
悠理が背後から怜央を抱きしめ、それに抵抗するが普段運動も何もしていない少女がアウトドアな年上の女性に叶うはずもなく為すがままとされている。
「よかったね、雪斗も覚醒できたじゃない」
睦月も雪斗の覚醒に喜びの表情を浮かべていた。
もちろん蛍もそれは同じで、無表情ながら喜んでくれているのだろう。
これで残るは蛍の覚醒だけとなったが、もう間もなく戦争は始まる。
雪斗と同様に戦いの中で覚醒してくれれば良いのだが、これから戦うのは今のような人形ではなく非常識な実力を持つ者。
正直言えば覚醒する余裕がないかもしれないし、蛍が覚醒するまで守りきれるかも分からない。
「おかしいね」
不意に蛍が言葉を漏らした。
「えっ……何がおかしいのかな?」
蛍は睦月と目が合うと指で天空を差す。
皆一同天空を見上げると未だに紅一面が覆っていた。
「クソがっ! コイツ倒したら元に戻るんじゃねぇのかよ」
「ふふふ、はははははは」
天空から笑い声が降ってくる。
嬉しさや悲しさが入り混じったような笑い。
突如として空間が捻れ歪み穴が空き、その中から七人のローブを来た非常識達が姿を現した。先頭に立っているのは蛍と同じ姿をした少年。
背後に並ぶ六人はこれから戦う非常識。
「いやはや、蛍から聞いてると思うけど今から戦争を始めさせてもらうよ。本当に済まないとは思っているんだけどね此方にも時間がないんだよ。それと、自己紹介を含めて顔合わせでもしようかと思ってね」
背後に並ぶ面々は頭から深く被ったフードを脱いでいくと……。
「「……ッ!?」」
その中の一人に蛍と俊哉は見覚えがあった。
そう、それはとても大切な時間を過ごした大切な人。
だが、なぜ今この場にいるのかが理解できずその姿に釘付けとなってしまう。
かつて、自分たちの弱さが殺してしまった少女、那波琴人の姿を。
「琴人なのか……?」
「うん、久しぶり2人とも元気そうだね」
その声もまたかつての琴人のままだった。
「琴人は死んだんじゃないの?」
「うん、確かに私はあの人達に弄ばれたあとに海で溺れて死んじゃったけど、神様に生き返らせてもらったの」
蛍の率直な質問に困ったように笑う。
全てが懐かしい、また会えたことに対する喜び、だが敵として戦わなければいけない悲しみ。
この二人にとっては殺り合いたくない相手だった。
「さて、じゃあ自己紹介していこうか。右から序列一位:ヘルト・パラディース。二位:ライン・ニヒツ。三位:那波琴人。四位:エーデル・ヴィンター。五位カルディナール・ヴァイン。六位ムーティヒ・イェーガー」
かつて、彼らを徹底的に痛めつけ俊哉に戦いの恐怖を植え付けたムーティヒ・イェーガーが薄笑いを浮かべながら俊哉を舐めつけるような視線を送っていて、それに俊哉は中指を立てる……怜央の背後で。
「このチキン野郎はなんでいつも私の後ろに隠れるんですかっ!!」
「いや、なんとなく落ち着くんだよね」
非常識の中でやはり琴人ともう一人、カルディナール・ヴァインは乗り気ではなかった。
彼女たち二人は本来争いごとが嫌いなのだろう。
「まぁ、流石に一日で全員相手にしろなんて言わないから安心していいよ」
「はっはっは、つーことだからよォ、まずは序列順で俺様が相手って事だ。女の後ろでいきがってるような雑魚は眼中にねぇから安心しなよ泣き虫ちゃん」
「うっせー、バーカバーか。こっちは六人いるんだ、一斉に袋叩きにしてやっからな!」
「俊哉、それずるいよ」
蛍の冷静なツッコミだが、多分今の状態では連携も取れず各自が皆の足を引っ張り合う戦いになりかねない。
「ふふ、キミたちは仲が良くていいね。では明日の夜にキミたちを闘技場に招待するよ。流石に現世が壊れるのはキミたちは望まないだろ?」
少年は指を鳴らすと天空一面紅の世界が歪み閃光が彼らを包み込む。
こんばんは、上月です(*'ω'*)ノ
此方も1日遅れてしまいました。申し訳ありません。
次回の投稿は10月18日の火曜日となりますので、よろしくおねがいします!