戦うべき守護者の刻印
外に出れば何も感慨を抱かぬ光景と、一切の優しさを感じさせぬ真夏の日差しに小さな溜息を溢す。道行く人々も毎日の同じ繰り返しにどれだけが飽いているのだろうか。
この街のみに感じる空虚な雰囲気。
優しさも熱意も作り物にしか感じられない自分の方こそ中身が無い人間なのでは、と時々錯覚してしまうが、この空虚感はこの街に引っ越してきてから感じていたことなので自分は正常だと感じる事が出来る。
もしかしたら、この虚無に呑まれてしまったほうが何も考える事なく過ごせて良いかもしれない。などと考えながらも駅に向かい歩く。
駅は出勤するサラリーマンや学生でごった返しになっていて、ただでさえ暑いのに人々と密集することによって暑さに加え中年の体臭が蛍の鼻腔を刺激するも、顔色一つ変えないで顔だけをなんとか背けさせる。
電車の扉が閉まろうとしているのに無理やり乗り込もうとする大人やカバンが挟まって必死に抜こうとする若者。
ラッシュ時は他の時間帯に比べて電車の本数が少し多いので、五分くらい待てば次の電車に乗れるが、やはり扉が閉まろうとすると中年のサラリーマンが尻で人を車内に押し込みながら入ってきた。そのせいで閉まりかけた扉は一回開きまた閉まる。
大人がよく使う常識という言葉があるが、一番常識が無いのは大人だと俊哉が言っていたのを思い出す。
尻で押されたちょっと怖めの学生が中年サラリーマンを足で蹴り飛ばし何やら怒鳴り始めた。普段であれば小説や音楽に逃げれるのだが、肝心の機器は学校の机の中にあり、小説は持ってくるのを忘れてしまった為、遠巻きに怒鳴り声を聞くしかない。
中年のサラリーマンは助けを求めるように顔を上げるが、周囲にいた人は無慈悲にもその視線から逃れるように顔を逸らし、私は関係ないと言わんばかりに二人から距離をとっていく。
厄介事に関わりたくない。都心に住まう人々の考えで、誰一人として助けに入る者はいなかった。
あのサラリーマンに非があるが、あそこまで暴力を振るう必要はないんじゃないかなと思いつつ、蛍は二人の方に向かって歩みだしていた。
喧嘩は強くはない。むしろ弱い方だと自覚してはいるが、この周囲の無関心を決め込む人間達と同類になるのは癪だったので、小さい拳を握りしめる。
彼は小さい身体で人垣を掻き分け、開けたスペースにやっとの思いでたどり着いたがサラリーマンは額から微小の血を流しながら蹲まっていた。
「もうそれくらいでいいんじゃない?」
彼は起伏のない平坦な声で怒鳴りつける学生に話しかけてみたが、聞こえていないのか無視しているのか全くの反応を見せず、サラリーマンを蹴り続けている。
「………」
次の瞬間には拳に鈍い痛みを感じていた。若干の助走をつけて学生に殴りかかっていたからだ。
「ってぇ〜な……おい、テメェ何殴ってきてんだよ。あァ!? もういっぺん殴ってみろよ、ぶっ殺してやっからよ片目チビ」
「僕を殺せばキミは人殺しになって大変な事になると思うよ?」
「はぁ、意味分かんねーし。だいたい先に殴ってきたのはテメェだろうがッ!」
完全に向こう側は頭に血が上りきっているようだった。見れば拳は固く握られいつでも殴り掛かれるようにスタンバイしている。
それに対し彼は何の構えも取らず自然体のまま長身の男を見据えているだけで、ここで殴りかかってこられたら確実に勝ち目はない。
さりげなく、どさくさにまぎれて蹴られてたサラリーマンは隣の車両に逃げていた。
「僕はキミにこれ以上は辞めたほうがいいって忠告したけど、聞いてくれなかったから、つい?」
すると学生は固めていた拳を緩め、怒りの形相を笑顔という仮面を纏わせ、蛍に近づいてきて分かってくれたかと思いきや拳を振り上げ殴り飛ばす。
「ざっけんな、もとはあのじじいが……チッ、逃げやがったか。テメェも学習しただろ弱ぇ奴は強者に歯向かうんじゃねぇよ」
と言い残し次の駅で降りていった。
確かに自身でも弱者だと理解はしている。だが、この周囲の中身の無い虚無の塊と同一である事が嫌だっただけで何か行動を起こしたかっただけだ。
殴られた頬に手を充てがい傍観していた人々は時折視線を蛍に投げかける。その視線から意識を向けたくなく窓から見える都心の風景を目に映す。
(次は〜海老沢、海老沢お降りのお客様はお忘れ物をございませんよう)
痛む頬を抑えながら電車を降り改札を抜け、強い日差しに目が眩みながらも学校までの道を他の学生に紛れながら歩く。
このコンクリートジャングルという表現がお似合いの街並みは太陽の熱を反射するおかげで、他の場所より暑く感じる。
流石にこの時間帯では喫茶店やコンビニくらいしか開いてなく、サラリーマンや学生が朝食をとったりおやつを買ったりと賑わっていた。
「お〜い、ちょっと待てよ」
後ろから声が聞こえてくる。それは毎日聞く馴染みの声だった。
「どうしたの垣谷俊哉、朝から元気だね」
やっと追いつき肩で息をしながらスポーツマン特有の爽やかな笑顔を振りまき見せてくる。
「いや〜、特徴的な歩き方と可愛らしい髪型でもしやと思ってな。これで人違いだったら俺スゲー恥ずかしい思いしてたけど、蛍で良かったわ。つか、なんでフルネームなん?」
「なんでだろう、その方が呼びやすい?」
「いやいやいやいや、呼びやすい? って疑問形で言われても困るし、ていうか絶対フルネームの方が呼びにくいだろ!」
中学時代からの付き合いとなる俊哉だが、常に明るく誰とでも分け隔てなく接する陽気な性格の彼だが、自分と一緒にいて面白いのかと疑問を抱き、飽きれば勝手にいなくなるだろと思い過ごしていたが、
高校に入学し離れるどころか距離感が一気に縮まったような気がする。
「まぁ、いいけどな。それより昨日のメールの件ですが〜」
急にテンションが上がり媚を売る役人のような仕草で隣りに並ぶ。
「持ってきたから大丈夫だよ」
俊哉のテンションは一層に跳ね上がり、それを体現するかのように後ろから抱きついてくる。ただでさえ暑いのに余計に暑苦しくて仕方がないが、それ以上に一部の女子の好奇の視線が正直怖かった。
「なぁなぁ、今日放課後って暇?」
「暑苦しいから離れてほしいんだけど……」
小柄で力もない蛍がバスケ部で期待されてる選手を退ける事が出来るはずもなく、抵抗するだけ無駄なのでこのまま学校まで引きずる形で歩かされた。
体力は真夏の暑さと自分より重量のある俊哉を引きずったせいで体力と気力は大幅に削がた。おかげで午前の授業は睡魔との苦戦を強いられたが、何とか乗り切りお昼は購買でパンを買い一人で体育館の裏で食事を摂る事にした。
普段は授業や部活で活気の念を感じる体育館裏だが、今は昼時ということもあり人一人見当たらない。適当に日陰となっている場所に腰を下ろし購買で購入したパンを啄む。
クリームパンという名ではあるが実際クリームは中心部に申し訳程度な量しかない。
残りの休み時間を有意義に使う方法はないかと模索を始めようとするが、この時点で時間の無駄なのではという結論に至り取り敢えず仰向けに寝転がってみた。
青い大空には白い多様な形をした白い雲がゆっくりと流れ、時々鳥や飛行機が視界を横切るたったそれだけのことに安息を感じ瞼が自然と下がってくる。
おはようございます、上月です(*'ω'*)ノ
2話の投稿です。
これから同じ印を持つ仲間を探す話しとなっていきますので、よろしくお願いします。
次回の投稿は9月11日になります