炎天下のプールで指導する蛍
翌日の天気は快晴で絶好のプール日和だった。
大空から照りつける無情の日差しに身を焦がしながらも、街を歩く人々を眺めながら雪斗、蛍、睦月、怜央は海老沢駅にて今回プールに行こうと言い出した本人である俊哉を待っていた。
既に待ち合わせ時間は15分を過ぎ、身に汗を滴らせながら待つも俊哉は現れなかった。
「なんなんですかッ! 言いだした本人が遅刻とは、というよりこの状況以前にもあったような……」
怜央は読んでいた本を閉じ暑さに喚き散らすが、他の皆はもう慣れていたので特に悪態をつくわけでもなく各々で時間つぶしをしていた。
「オイ、怜央うっせぇぞ。ただでさえ暑いんだから少し黙ってろ」
雪斗は私服の胸元を仰ぎながら片手に持ったコーラを煽っている。それでも額から滲み出る汗は止むことなく次から次へと体外に放出していく。
「もう私我慢なりません! あの底辺が悪びれずに来たらプールの底に沈めてやります」
取り敢えず少しではあるが落ち着きを取り戻し、読書を再開させ厚さを紛らわしていく。
蛍はただ行き交う人々を眺めている。
睦月は先程から携帯で俊哉に連絡を送っているのだが、一向に返事は来ない。
俊哉が現れたのは約束の時間から45分過ぎた時だった。
全員揃ったところで駅前からプールに向かうバスに乗車するのだが、向かうところは皆一緒なのか車内は満員状態で冷房の効果も薄くサウナの中にいるような気分だった。
「貴方は少々自覚が足りないのではないですか!? 何故待ち合わせから45分も遅れてきて悪びれた様子を見せないのか私には理解ができません。もしこれで、私達の誰かが暑さで倒れたら貴方は責任を取れるんですか?」
と俊哉はバスの中で延々と怜央に説教をされていた。
発車して30分位経過してやっとプールに到着し、乗車していた客は一斉に飛び出し入場券を求める為に販売機に殺到する。
「うへぇ〜、入場券買うのに何分かかるんだこれ?」
俊哉の表情は既に疲れきっていて、足取り重く販売機に向かうが、数歩歩いて俊哉が振り返ると他の皆はバス停の屋根がある場所で待機して俊哉を遠目から眺めていた。
「ちょっ!? いったい、何で皆はそんな所にいるんだよ! 早く券買わないとプールに入れないんだぜ」
急ぎ足で皆のところに駆け寄るが雪斗に身体を抑えられ180°身体を回転させられる。
「えっ……?」
「お前なぁ〜、遅刻したんだから券ぐらい買ってこいよな。それで今日遅刻したことは許してやるよ」
と言い俊哉の背中を押し、前のめりになり転びそうになるのを耐え、振り返り親指を立てる。
「神は……死んだのか」
「グッドラックだよ」
蛍も俊哉に親指を立て答える。
それに俊哉は一つ肯き販売機に向かって駆けていく。
「睦月さっきからあまり喋ってないけど具合悪いの?」
「えっ……いっ、いや別に何もないよ。それより蛍はちゃんと水着を持ってきたの?」
「うん、昨日ちゃんと準備したから大丈夫」
「なら安心だね……えっと、キミは泳ぎとか得意?」
「普通だと思う」
「実は私泳げないんだ。覚えてないんだけど昔なにか水辺に対してトラウマな事があったのか深い水辺が苦手でね」
睦月はプールの入場口を見据え深い溜息を吐く。
「皆がいるから大丈夫」
蛍がいきなり睦月の手を握り、その片目で見上げ頷き軽く微笑む。
滅多に見せない微笑みに睦月は一瞬気が遠くなるのを意識の狭間ギリギリで耐え頷き返す。
「そうだね、なんとかなるよね」
その二人の会話に聞き耳を立てていた雪斗と怜央は疑惑を持った。
「蛍の野郎はどうか知らないけど、睦月は惚れてる……のか?」
「さぁ、私は恋なんてしたことないから分からないけど、なにかしらの感情は持っているんじゃないかしら?」
二人にしか聞こえないように小さな声で会話をしていた。
「それにしても意外ね、貴方みたいな不良が他人の恋愛事に興味を持つなんて」
「うっせぇぞ馬鹿、他人の恋愛には興味ないけどアイツ等は特別だ、なんか知んねーけど気になるんだよ」
「ふ〜ん、確かにちょっと変わった組み合わせですしね。気になるのも仕方がないかもしれないわね……というより次私の事を馬鹿呼ばわりしたら鎮めるわね」
「おい毒舌女、お前さっきから俺の事筋肉ダルマとか言ってっけど喧嘩してぇのか?」
雪斗は引きつった笑みを浮かべ怜央の頭を手で力強く撫でると、整っていた髪が乱れ抵抗するも男性の力には抗うことが出来ずに為すがままとなる。
やっと解放された頃には髪の毛1本1本が重力を無視したかのような状態だった。
「これに懲りたら口の利き方には気をつけるんだな」
雪斗は満足げに笑い先ほど買ったであろう冷えた麦茶を紫に差し出し、素直に麦茶を受け取り一気に喉に流し込む。
「フン! 別に毒舌を吐きたくて吐いているのではなく、思ったことを口にしているだけよ」
「お〜い、入場券手に入れてきたぞ」
衣服に乾いている場所がないほどの汗を吸わせながら人数分の入場券を手に戻ってくる。
「あっ……あちぃ」
一人一人に券を手渡し早くプールに入ろうと行列に紛れる。
炎天下の下でじっと待たされる人達も体力の消耗が激しく、それは蛍も同じで皆口数が少なくなっていき、最後には無言となる。
「あちぃ〜あちぃよ〜、神は死んだのかァ? この灼熱地獄といえる場所で俺は死ぬのかッ!?」
俊哉は我慢の限界が来たらしく先程からベラベラと勝手に喋っている。その姿に他のお客さんもチラチラと不思議そうに様子を見てくるがそれでも俊哉は止まらなかった。
俊哉は別に周囲の目を気にする余裕はないからいいかもしれないが、他の仲間は他人のフリをし仲間だと思われないように俊哉と少し距離を取る。
「俊哉が面白くなっちゃったね」
「いや、ありゃあ面白いっていうか暑さで壊れてんだろ。まぁ、他人として見るならおもしれぇけどよ」
「たんに馬鹿が救いようのない馬鹿になっただけでしょう。気にする必要なんかありませんわ」
「はぁ……」
仕方ないと諦めたのか睦月はカバンから保冷剤と家から持ってきた水筒を取り出し俊哉に手渡す。枯渇状態となっていた俊哉は急いで水筒を開け、浴びるように中のスポーツ飲料を喉を鳴らしながら体内に浸透させていく。
「いいのかよ、アイツ全部飲むぞ」
「うん。まぁ、仕方ないかな。これ以上騒がれてもうるさいだけだしね、これで静かにしてくれるなら安いものでしょ」
水筒を飲み干した俊哉はだいぶ回復し暇なのか蛍とゲームの話をしている。
蛍も積極的に話しているのかと思えばそうでもなく、凄いね、とかそうなんだ、と俊哉の話す内容に相槌を打っていて、どうやら蛍はそのゲームについては詳しくないらしく俊哉が勝手に一人話しているだけのようだった。
「やっと列が進みましたわね」
それから彼らがプールの入場門をくぐった時にはすでに11時近くになっていた。
男女更衣室に別れ水着に着替えていた。
「おいおい雪斗ってやっぱり筋肉凄げーな、俺なんてこんな程度だぜ」
そう言って力こぶを作るが一般人以上ではあるが、普段から県下で鍛えている雪斗ほどでは無かった。
「俊哉、大丈夫だよ。僕はこれくらいだから」
見せつけた力こぶは真っ平らでこぶという隆起は見当たらなかった。
「………」
「………おっおう」
「?」
男子の着替えというものは服を脱ぎ捨て海パンを履くだけでたいして時間はかからないのだが、問題は女性陣だった。
「睦月さん貴女ってもしかして蛍の事気になってたりしてるのかしら?」
唐突に質問をしてくる怜央におもいっきり動揺してしまい直ぐに言葉が返せなかった。
「どっ、どうしてそう思ったの?」
ようやく発せられた言葉はどもり余計怪しまれてしまう結果となった。
「別に、なんとなく聞いてみただけよ」
怜央は眼鏡をロッカーに入れ、衣服をきっちりと畳みメガネの下に敷き、水着の紐を結び着々と準備を整えていった。
「そういう怜央は好きな人とかいないの?」
てるてる坊主みたいなバスタオルを頭からかぶり、全身を隠すように水着を着用していく睦月に首を軽く傾げて答える。
「恋愛とか、興味ないしアホくさいですから」
怜央は先に行くと告げ更衣室を出て行き、睦月も急がねばと水着に着替え更衣室を後にする。
炎天下が照らすプールサイドは熱せられ素足では数秒もしないうちに足裏が焼けるほどだった。
睦月が到着した頃には皆プールに入って快適に過ごしていた。
「いやぁ、怜央ちゃんって胸が結構すげーな!」
一番に怜央の胸を観察する俊哉は鼻の下を伸ばし親指を立てる。
「睦月似合うよ」
蛍のストレートな褒め言葉に頬を紅潮させながらもゆっくりとプールに身を沈める。
「睦月ちゃんもマジ可愛いわぁ、無い……ゴホン、スポーティーな体系にフリルの水着ですか。うん、俺もう死んでもいいわ」
「だったら死んでください、私と睦月さんのためにも」
泳げない睦月はなるべく浅いところをウロチョロしていたが、蛍に手を引かれゆっくりとだが深い場所に移動し、足が付かないところまで来ると蛍の腕を抱きしめるように密着し離れない。
「離れないと練習にならないよ?」
そう言われても足がつかないという不安に体が強張り思うように力が抜けずにいる。
「ちょっと、やっぱり無理!! 身体から力が抜けないんだけど」
蛍は一つ頷き、方向転換し浅瀬に誘導する。
「ここなら足がつくから大丈夫、バタ足の練習をしようか」
体が沈まない様に睦月の腕と腹部を支え、ゆっくりと足を伸ばし交互にバタ足から始める。
こんばんは上月です(*'ω'*)ノ
夏休みのイベントといえばプールですね!
次回は10月9日の日曜日となりますので、よろしくお願いします