他者を見下す少女の手首にあるもの
俊哉が再び仲間に加わり海老沢での探索は日が沈むまで行われたが手首に刻印が刻まれた人物は発見できず海老沢の一角にある小さな公園で休憩をしていた。
「困ったね、どうする?」
特に困ったという感じを感じさせない蛍に対して残りの三人は肩を落とす。
「いやいや、そこはもうちょっとそこは困った感じとか、焦ってるっていう感じを醸し出そうぜ」
一応ツッコミを入れる俊哉だが蛍は首を軽く傾け、困ってるのにといった表情をする。
安穏とした日常。普通だったら何も考えることなく過ごせる世界。
だが、彼らにはそんな日常に浸れる時間はない。世界にとって非常識な存在との殺戮劇を繰り広げねばならないのだから。
辺りは暗くなりガラの悪い連中が目立つようになってきた所で今日は解散しようという瀬戸際で軌跡は起こる。
いつから居たのか公園の端の方で女性を取り囲む数人の男たち。
「なぁなぁ、いいじゃんよぉ。少しだけ俺たちに付き合ってくれればいいんだって、ちゃんとお小遣いも弾むからさぁ」
「うわぁ〜その眼鏡越しに睨まれちゃうと俺興奮するんだわ。昔遊んでた時の女と被るんよ」
などと品のない会話を繰り広げ女性につめよっていた。
「なぁ、アレちょっとやばくね。ちょっと俺助けてくる!」
遠巻きに様子を見ていたが俊哉はこれ以上は危険と判断し少女の下に向かっていった。
「チッ……面倒くせぇ! だが、アイツ等みてぇなクズ見てるとボコしたくなってくるんだよなッ!」
俊哉の後を追うように雪斗も駆けていく。
「私たちも助けに行ったほうがいいよね」
「そうだね」
蛍と睦月も二人に続く。
「すいませんが私、貴方たちのような底辺とお話ししたくもないので、あと服が汚れるので触らないでもらえませんか?」
男達を鼻で笑っては触ろうとする手をはたく。
「んぅだとォ! 俺たちが汚ねぇって言うのかよ。俺すんげぇ傷ついちゃったんだけど、どうしてくれんのよ、オイ!」
「コラ、女どうすんだよ俺のダチが傷ついちゃったじゃねーか。もちろん責任とってくれんだろうなぁ?」
チンピラ共の常套手段で気の弱い奴はこれに反論できずに彼等の為すがままにされてしまう。
「正直言うと私のほうが傷つきましたよ。だって、私の人生に貴達という汚点を記録してしまったんですから……気持ち悪いですわね」
それでも言い返す彼女に我慢の限界だったのか1人の男が拳を振り上げる。
だが、振り上げられた拳は一向に振り下ろされることがなかった。
その様子にチンピラ達は仲間の手首を掴む手に気付く。
「いや〜流石に女の子相手に暴力ってのはどうなのよ。これ以上やるつもりなら俺が相手になるぜ!」
その手を握っているのは一番に駆けつけた俊哉の物だった。
チンピラ達は標的を少女から俊哉に変更し、いつでも袋叩き出来る様に包囲網を形成していく。
「正直テメェ等見てっと苛つくんだよ! 気持ちよくぶっ飛ばしてやっから全員まとめてかかってこいよ」
雪斗は俊哉の隣に並びチンピラを一人一人見渡し、だいたいの力量を見定めていく。
「なんだお前等、たったの二人で俺たちに勝てるつもりなわけ?」
「正義の味方気取っちゃって恥ずかし〜ねぇ」
相手を小馬鹿にしたように笑い、そのうちの一人が雪斗に殴りかかってくるが、その拳は雪斗にぶつかる事なく受け止められ、そのまま手首を思いっきり捻り上げ鈍い音がその関節部分から響いたのと絶叫が上げるのはほぼ同時のことだった。
チンピラの手首はあらぬ方向に曲がっていた。
その姿を見た仲間たちは怒り心頭に無造作に襲いかかってきた。
「ちょっ!? ちょい、待てよ。普通は一対一だろッ!!」
迫り来る敵を蹴り上げ、自慢の瞬発力を活かし相手の攻撃を避けつつ打撃を見舞わせていく。
「へぇ〜、俊哉お前結構喧嘩強ぇんだな」
雪斗は基本相手の顔面を狙い殴りつけていく。
もはや拳は誰の血か分からないくらい濡れていたが、それでも構わず殴りつける。
「へっ……まぁね、俺も昔やんちゃしてた時があってその名残だよ」
俊哉は相手の攻撃に合わせて数歩下がり、受け流してからの一撃を叩き込む戦法をとっていた。最後の一人を打倒すると二人の周囲には無数のチンピラ達が伏せていた。
「ねぇねぇ、キミ大丈夫?」
俊哉が囲まれていた少女に手をさ伸ばすが少女はそれを無視して立ち去ろうとする。
「オイ、待てよ。助けてもらって礼も言えねーのか?」
去ろうとする少女の手首を掴み、引き寄せたせいで少女はバランスを崩しその場に崩れてしまった。
「別に……ただ、貴方達も暴力で解決したってことはさっきの人達と同類じゃありませんか?」
少女の鋭い眼光と共に放たれた刺のある言葉。
拒絶。
「はぁ? そりゃ一体どういう意味だオイッ!」
近くにあったゴミ箱を力任せに蹴り、ひしゃげたゴミ箱を見ても表情を変えずにむしろ雪斗を見下したように鼻で笑う。
「そうやってモノに当たって大きな声をあげれば相手が従うと思っているんですね?」
「そういう人って何て言うか知っていますか? 社会の底辺、社会不適合者、ゴミ、クズ、チンピラ、無法者……などなど挙げればキリがありませんけど、どれも同じような意味ですので、お好きなものを名乗っては如何でしょうか?」
少女は言うだけ言ってその場で固まり怒りに震える雪斗を素通りする。
「まままま、そうツンケンしないでさぁ、やり方が気に食わなかったって言うなら仕方ない謝るよ。でもあの場でそれ以外の方法ってあんのかな?」
傍らで怒りに震える雪斗を避け、俊哉が少女の前に立ちふさがる。
「簡単です。話し合えばいいんです」
キッパリと、迷いなく断言した。
相手に対して加減することなく罵倒を浴びせる娘が、話し合いで解決すればいいと全く説得力のない言葉に俊哉は言葉を失う。
「お……おぉ」
「なんなんですかその表情は、貴方、私を馬鹿にしてるんですか? その底辺といってもいい造形でですか? 笑わせないでください」
さすがにそれには近くにいた睦月も吹き出し、蛍は何を思ってかコクリと1つ頷く。
それに対し俊哉はどうとらえたのか満面の笑みで嬉しそうに照れていた。
その反応が気に食わないのか、キッと眼を細め射抜かんばかりに睨めつけるが効果は無かった。
「おい……俊哉そこどけ」
雪斗が俊哉を思いっきり突き飛ばす。
突き飛ばされた先がその少女で二人一緒に倒れこんでしまった。
それは事故だった。
俊哉が少女を押し倒す形になり折り重なっている。だが、まだ折り重なっているだけならまだしも互の唇が触れ合ってしまっていた。
さすがの俊哉も気まずいのか余韻を味わいながらゆっくりと唇を話すと少女の甘い吐息が首筋を撫でる。
「早く退いてくださいッ! それともこの場で貴方は何か蛮行を始めようというのですか!?」
少女の顔は何処か紅潮し視線も行ったり来たりを繰り返し完全に自分のペースを崩していた。
「おぉ……わるいわるい、俺はそんな気も持ってないし襲わないから安全だろ。セ-フティ ボーイなわけ」
「つまり貴方は私に女性として魅力がないと、そう仰りたいのですね? だからその気になれないし……」
少女は完全に空回りしていた。
先程の俊哉との一件にて完全に思考がおかしくなり正常な機能を失ってしまっていた。
「えぇ〜俺そこまで言ってないけど、気分害しちまったなら謝るからさ」
目の前で暴言を吐く少女に俊哉は完全にたじろいでしまっている。だがそんな彼の姿を見ても誰一人として助け舟を出そうとしないでそのやりとりを傍観としていた。
「やったね俊哉、初めてのキスは初恋の味……だった?」
蛍は大人の階段を一歩上った親友に親指を立てる。
「いやぁ〜なんかよぉ、甘くて柔らかくてこれが女の子のなのかっ! って思ったね」
俊哉は先程の感触を思い出しながらコメントを返し、自身の顔を火照らせ表情が弛んでいき、それを聞いていた少女は非力ながらも俊哉を殴るがまったく効いている節はない。
「何なんですか貴方達は、素行の悪そうな不良二人とじめっとしてそうな片目隠しと汚い金髪女……もはや救いようのない集まりですねッ!」
そんな取り乱す少女をなだめるのに少々長い時間を費やし、冷静さを取り戻した少女は後日お礼がしたいという事でメンバー全員と連絡先を交換しその場を去っていった。
二日後の事だった。少女もとい楠 怜央に呼ばれ、一同は海老沢駅前に集合していたが未だに俊哉が遅れて到着していなかった。
「なんなんですかあの人は、集合時間より30分も遅れるなんてッ!」
怜央は俊哉に遅刻に腹を立て機嫌が斜めのようだった。
その様子を近くで眺める三人はあまり体力を使わないように静かに待っていた。
「今俊哉から連絡が来たんだけど、もうすぐ着くって」
「電車が着いたらそっこうで私の元に来るように言っておいてください!」
蛍が紫に報告すると物凄い剣幕をして蛍に詰め寄る。
「つーか怜央、そう騒ぐな無駄に体力消費するぞ」
「むっ……貴方に名前で呼ばれるほど親しくなったつもりはありません。今日はこの前のお礼をする為に誘っただけです」
「あぁ〜ハイハイ、そうだったな悪かったな楠」
雪斗を睨み付けると怒って疲れたのか、睦月の隣に座る。
「ふふ、俊哉にいちいち目くじら立ててたらキリがないわよ」
「そうですね。私も大人気なかったのは認めます。ですが、こんな暑い中待たされるとイライラしてしまって」
「じゃあ、これ飲んで落ち着こ」
睦月はカバンから冷えた麦茶を取り出し怜央に差し出す。それに小さく礼をいい受け取り一口煽る。
少し落ち着きを取り戻し、周囲を行き来する人を意味もなく眺めながら溜息を1つついた。
「この人たちは同じ毎日を義務付けられたように生きる事に退屈をしないのかしら」
「どうだろうね。それを言ったら私たちだって同じ毎日を過ごしてるじゃない?」
「それもそうね……」
それっきり会話が無くなり少しすると此方に向かって走ってくる人影が見えた。
「おはよう俊哉、社長出勤だね」
「おう、おはよー! いやぁ〜悪い悪い寝坊しちまってよ、挙句の果てに改札入ったら電車行っちまうしついてねぇな」
額や首筋からは大粒の汗を流しながらも弁解する。
「貴方には危機感とかそういった機能は無いのですか?」
怜央はこの夏場でも涼しくなりそうな冷たく鋭い視線を俊哉に投げかけるが、本人は気にもしていなかった。
「いやいやいや俺だってね、遅刻する気は無いんだけど不可抗力つーか、深夜までテレビみてた反動というか、怜央ちゃんの誘いで眠れなかったというか」
「だから、貴方達に名前で呼ばれたくはありませんッ!」
意味もない戯れを少々挟み、怜央のお気に入りの喫茶店に向かうこととなった。
道中俊哉は暑い暑いと唸っていたが皆は黙って怜央に続く
しばらく歩いて着いたのはPatrieと書かれた喫茶店に着いた。
「パトリってなに?」
「はぁ……パトリって言うのはフランス語で故郷という意味です。この店は故郷にいるような安らぎと時間を過ごせるようにとの意味合いで付けられてようです」
蛍の疑問に怜央が答え、それに一つ肯き返して店の扉を開ける。
扉を開けると心地の良い音量でクラシックが流れ、若干のハーブの匂いが店内を漂っていた。
すでに店内には数名の客が紅茶やコーヒーを啜りながら読書にふけっていたりと、店の雰囲気を味わいながら優雅な時間を過ごしている。
店員の一人が席まで案内し、メニューを机に広げる。
「ここは私のお気に入りのお店なの。今日は私の奢りですので好きなのを飲んでください」
「マジかよ! よっしゃ、何飲もうかな」
「悪りぃな楠こんな高そうな店で」
「いえ、お気になさらないでください。助けてもらった礼はちゃんとしなければ私の品格が疑われてしまいますもの」
「ごめんね、助けたのはこの二人なのに私たちまで奢ってもらっちゃって」
「何飲もうかな」
睦月は申し訳なさそうにメニューに眼を配らせるが、蛍はいつも通りのマイペースさで飲みたいものを厳選していた。
「正直この野蛮な男二人とこの店に来るのは抵抗があったので、気にしなくていいわよ」
しばらくして店員が飲み物を持って各自に確認をとりながら置いていくが、一人だけ次元の違う……
蛍の目の前に置かれた飲み物を見て怜央を含めて全員が唖然としていた。
「おっ……おい、そんな飲み物メニューにあったか?」
「えーと蛍はそれ1人で飲むの?」
「はっはっは、オメェ最高だわ」
「………」
各自驚きや愉快などの表情を咲かせていたが、怜央ただ一人は凍りついたような表情をしていた。
「うん。メニューの一番後ろの右下に小さく書いてたった」
「えーと……おっ! ホントだ。トリプルアイス大盛りLLカップ盛り、お好きな飲み物を華麗な山にしてしまおうだって」
蛍の目の前に置かれたのは45センチくらいの大きなジョッキグラスにメロンソーダが3/4その上にアイス大盛り3種にポッキーが10本刺さっていた。
「なになにお値段は2500円」
俊哉の口から高額な値段を聞いた怜央は額から嫌な汗が吹き出していた。
「ちょっ!? ちょっと待ってください! 貴方は本当にそれを飲みきれ、いえ、食べきれるの? 残したら更に上乗せで1000円なのよッ!?」
「残したら上乗せ1000円って3500円になるのか」
「うん、大丈夫。完食すれば他の注文も無料になるから」
制限時間は20分ウェイトレスがタイムウォッチを押しカウントダウンが始まり周囲にいた客も自身の席から遠巻きに眺めていた。
だが、ここでも奇跡は起きた。
何処にこんな化物をを収める胃袋があるのかと客達は疑問に思っていたが、休むことなく大盛りアイスを10本のポッキーをそしてメロンソーダを一気に消滅させてしまった。
時間は13分。
客たちからは歓声があがり同じ席にいた俊哉達は苦笑い、ウェイトレスの顔色は蒼白くなっていた。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
完全勝利だった。
「貴方のその小さい身体のどこにこんな大きな物が入るのですか?」
「う〜ん、わからない」
蛍は首を傾げるだけだった。
「お前とは付き合い長いけど、相変わらずだなその早食い大食いの特技は」
「俊哉、これは特技とかいうレベルじゃねぇと思うぞ」
「あっ口元にアイスついてるよ」
睦月が彼の口元をハンカチで拭う。
ゆっくりしながら雑談していると新たに来店してきた少しガラの悪い女生徒達と男子生徒が蛍達の座る席を取り囲む。
「てめぇだな、楠 怜央ってのは。変な術で私の舎弟を可愛がってくれたみてぇじゃねーか。シメてやっから外出ろよ」
無理やり紫の腕を引き外に連れて行かれる。
「おいおいおいおい何かヤバくね?」
「チッ、アイツほんとガラ悪いのに絡まれるよな」
俊哉と雪斗も追うように外に出る。
「変な術ってなんだろ」
「もしかして、私たちと同じ選ばれしものなんじゃ」
外ではガラの悪い連中は俊哉と雪斗が相手していた。
二人に対して向こうは12人と多勢に無勢。
それでも引けを取らず確実に一人ずつ倒していく。
「おい動くんじゃね! これ以上動けばコイツの首落とすかんな」
その声の主はナイフを怜央の首元に突き付けたリーダー格とおぼしき女生徒だった。
「へっ、それでいいんだよ。どれどれ確か噂では左手首を見たらおかしくなったって聞いたけどよ」
女生徒は嫌がる怜央の腕を掴み、夏場だというのに長袖のYシャツを捲り上げてしまった。
「おい、まさかっ!」
俊哉も雪斗も下手に動くことが出来ず、事の成り行きを見守る。
「…………ッグ!?」
女生徒は左手首に浮かぶ模様を視界に入れてしまった。
湧き上がる高揚と恐怖、物凄い勢いで体中を巡る血液、酷く痛む脳。
吐き気、悪寒、恐怖、そして自壊。
心の底から這い上がる憎しみと殺人本能。
血を見たいと飢えの渇望。
「グッ…グガァァァァァ、あぁ、ぁ……ギャアアアアアア!!」
「勝咲先輩どうしたんすかッ!?」
怜央を突き飛ばし、持っているナイフを闇雲に振り回し、異変に戸惑い近づく仲間の首筋に鋭利なナイフを沈める。
ナイフはすんなり抵抗することなく根元まで刺さり、皮膚とナイフの間から血が溢れ、抜き放たれたと同時に鮮血が噴水のようにとめどなく放出される。
刺された舎弟は眼を見開いたまま膝から崩れ落ち、けいれんを引き起こしては、そのまま動かなくなる。
周囲から遠巻きに眺めていた野次馬は顔を真っ青にし、叫び声を上げながら蜘蛛の子を散らしたかのように走り出していった。
「いや……いや、私のせいじゃない。だって、あの人があの人が……」
怜央の精神も限界だった。
周囲の舎弟達は逃げ去り、残った女生徒はその血に濡れたナイフを近くにいる怜央に向けられた。
「不味いぞッ!!」
「クソッ間に合わねぇ!!」
それでも駆け出す雪斗と俊哉。
ナイフは怜央の頭頂部目掛け軌道に乗り振り下ろされるが、寸前の所で阻まれる。
それは、睦月が発現させた鎖だった。刹那の瞬間に打ち勝ち、女生徒の身柄を拘束する。
それと同時に奴は現れた。
こんんばんは上月です(*'ω'*)ノ
ようやく五人目の仲間との遭遇です。次回の投稿は10月5日水曜日となりますので、よろしくおねがいします^^