救済されし聖女の魂
蛍は意識する――世界の在り方に。
今の状況が間違っているならば、理想の世界を思い描き、塗り潰してしまえばいい。
それは、歴史に対する反逆的行為だ。一度紡がれた時間と人の行いを無下にしてしまう高慢さ。されど、世界を救うにはこうするしかない。だから、蛍は強制的に世界に干渉した。
「僕が願う世界。それは……ありきたりで、平凡なつまらない世界で良いと思う。皆がいてくれれば僕はそれだけで――」
蛍の干渉能力が世界に触れる。だが現在、世界を手中に収めているの新たな秩序の下に世界を造り還る邪神だ。古き時代より神として存在している相手に、つい先ほど能力に目覚めた常識が抗う事など不可能。だから、彼を呼んだのだ――。
第三魔王アルベールを。
干渉能力以外に蛍は相手を制する力はない。だから、蛍は仲間という希望に縋る。
「まずは、動きの抑制かな――展開:無慈悲にして荘厳なる鎖」
発現するは、神々をその能力ごと拘束し処断する神殺しの鎖。幾度となく助けられたこの鎖は睦月の能力。
蛍の周囲空間より数十もの鎖が生え、執拗に弄る蛇の如くその牙を、非常識を凌駕する超越せし神に伸びる。
「……神殺しの鎖?」
クリスティアの身体を拘束する。
「でかしたぞ、蛍よ」
「まだだよ」
蛍は髪に隠れた左目に意識を向ける。
視界の先――クリスティアの眼前に転移する。
「彼女の能力は鎖じゃ押さえつけられない――展開:神獣の寵愛を授かる狩人」
黒銀色の刻印が刻まれた右腕。白銀色の刻印が刻まれた左腕。
その両の手で拘束され、身動きの取れない邪神の身体に触れる。
「私の魂を陰らせようとするの? でも、無意味よ。小さな力の前に大きな魂は揺るがない」
魔力を暴発させる黒銀の刻印と、魂を刈り取る白銀の刻印。その両方の力をもってしても、邪神には効果的なダメージは与えられない。
ならば――。
「常闇の海より進撃せし捕食の軍勢」
嗅覚、聴覚、触覚を始め、全ての感覚を奪い去る深海の領域を濃縮させ、真っ黒な球体が邪神を呑み込んだ。
まだ――。
「破滅に向かいし星の軌跡」
大空に輝きだす満天の星々。それらはゆっくりと配列を変えていく。
だが、この能力を行使するにはしばしの時間がかかる。その間、何もしないという愚鈍な策はない。
「反逆せし騎士の剣」
呼び出すは旧世界で魔王に勇者と認められた男が使っていた黒剣。
光神剣:破帝。
勇者シン・リードハルトがなまくらから神剣へと昇華させた一級の代物。
「今なら、多少は……」
僅かではあるが雪斗と睦月の能力で、彼女の力と身動きを封じている。おまけに悠理の能力で全ての感覚器官を剥奪させた状態だ。これほどの猛威を振るう大剣の一撃を受けて無傷などありえないことだ。
黒剣をその球体に突き刺すと同時に、中で骨を断ち肉と臓器を突き破る感覚を感じ、背筋が震える。
「完成したよ」
止めの玲央の術式。
展開速度こそ遅いものの、威力だけで言えば蛍達のなかでは群を抜いて特化していた。
星々は円を描き中央の黒い星の呑まれていく。その光りさえも吸収するかのように遍く全てを……。
「放射……」
黒い星から星の光を凝縮した光子砲といばいいのか、一筋の膨大な太さのレーザーが天より降り、黒い球体を丸々と飲み干した。
「やった……のか?」
「ううん、まだだよ。多少は弱らせられたと思うけど……」
地上を破壊するその一撃は、目を背けたくなる惨状だったが、今はそんなことをどうのこうのと言っていられる状況ではない。
「屑が……不浄の分際で、私を……この楽園を……」
ゆらゆらと舞う彼女の衣服は焼け焦げており、その白い素肌にも損傷が見受けられた。
「アルベール、今だよ」
「うむ、わかっている」
アルベールは銀翼をはためかせ、高速の域で近寄り、彼女の胸に深々と刺さる破帝を無造作に引き抜き、その傷口が修復される前に己の腕を突き立てた。
「帰ってくるのだ、クリスティア!!」
アルベールが腕を引き抜くと、しかとその手には白い誰かの腕が握られていた。そのまま邪神から引きはがすように引っ張り出し、ようやく全貌をみせたその存在を強く抱きしめた。
「クリスティア! しかっかりと意識を持て」
「ん……あ、アルベール君?」
「うむ、我はアルベールだ。久しいな」
「あ……アァ、私は……私はァッ!!」
「よい、大丈夫だ。今は何も言わなくてよいのだ。クリスティアよ、少し下がっていよ」
アルベールは翡翠色の瞳を細め、魂を抜かれ脱力している邪神に向き直る。
「よくも、我が愛し人を。愛しき仲間を。愛しき世界を破壊の限りを尽くしてくれたな」
「アルベール。後は僕がやるよ。だから、もう……帰って大丈夫だよ」
「だが、しかし!」
「…………」
「うむ、わかった。貴公の言葉に甘えさせてもらおう。クリスティア、帰ろう。我らの時代に」
「……うん。あ、でも待って」
そう言ってアルベールの抱擁をやんわりと解き、蛍に向き直る。
「改めまして、蛍君。私はクリスティア・ロート・アルケティアです。今回の件……本当に申し訳ありません、謝って許されることで――」
「大丈夫だよ。謝らなくても。クリスティアは悪くないよ。だから、行って……」
「最後にこれだけは言わせてください。ありがとう、私を救ってくれて。深い闇の中で私を励ましてくれて」
「うん。気にしないで良いよ。ばいばい、クリスティア。アルベール」
銀の魔王と聖女は穏やかに微笑みながら、クルトと同様に光となって消えていった。
「あ……ごめんね。皆、僕……みんなともう一緒にいられそうにないかも」
蛍は小さく呟いた。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回で最終回となります。
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