銀の魔王と摂理の王の共闘
初めに動いたのは銀の魔王だった。
成人男性程の大きな体躯をもつ銀狼に跨り、宙に銀影を引きながらクリスティアと距離を詰めていく。彼女を救い出す為。その意志は長年の月日に焦がれ待ちにまったこの日をどれほど喜ばしいことか、アルベールの翡翠色の双眸は力強い決意を宿していた。
「クリスティアよ。我と共にあの世界あの時代に還ろう」
いつ取り出したのだろうか、その手には一本の矢が握られている。
射るには長すぎて、振り回すには細すぎる。その矢をアルベールは軽々と切っ先をクリスティアの胸元に定め――。
「射れ」
距離にしてまだ数十メートル。アルベールの小さく短い号令の下、切っ先が捉えた胸元を不可視な何かが貫き貫通していった……が、それだけだった。心臓を射抜いたはずだが、クリスティアは蚊に刺された以下程度にしか感じていない。傷口はその恐ろしい程の治癒力をもって即時に塞がっていく。
「……ん?」
蛍は視た。
傷が塞ぎ切るその直前に、彼女の心臓に巣食う因子を。
「ふむ、Aランクの因果創神器での攻撃も受け付けぬか……銀狼よ。すまぬが、もっと距離を縮めてくれるか?」
主人の意志を遂行すべく、銀狼は宙を蹴り、より一層に加速してクリスティアをかく乱させるべく縦横無尽に駆け回る。
「アル……ベール……過去の残骸。忌まわしき器の記憶。邪魔だッ……秩序の下に排除する」
クリスティアは苛立ちに口調が荒くなる。
忌まわしい、疎ましい、消えろ消えろ過去の異物。私に汚点は必要ない。潔癖なる楽園の使徒であり、秩序を善政とし世界を管理していればいいのだ。余計なモノは不浄でしかない。不浄は浄化せねばならない。今すぐにでも不穏因子を抹消し、精神安定に努めねば……。
クリスティアは樹木の槍を掲げる。
「楽園より全権を委任。これより、不浄に塗れた有象無象を削除」
槍からは膨大な力の波動を周囲に及ぼす。
単純にして分かりやすい暴力の波。
自分の周囲をウロチョロと飛び回る銀の狼は主を残して吹き飛ばされ、海老沢の残骸である廃ビルに叩き付けられた。
「ほぅ、誇り高き我が守護者をいとも容易く吹き飛ばすか。以前より力が増しているが……どうしたのだ? 我を殺すのであろう? なぜ、手を抜く?」
「……なに?」
アルベールの発言はクリスティアにとって理解できるものでは無かった。
「もう一度、問う。秩序を管理し司る者よ。何故、貴公は我を消滅させない? 以前のように。初めて、貴公と向かい合った時は正直言うと恐ろしかった。が、今はその恐怖さえ感じぬな」
アルベールは感じ取っていた。
邪神の内により共に戦う彼女の意志を。
「クリスティアよ。そのような確固とした己を持たぬ者に好き勝手やられては面白くはないであろう? 直ぐに助け出す」
「そうだね。僕も約束したから、一緒に助けよう」
「うむ、貴公が手伝ってくれるのであればとても心強い」
「僕だけじゃないよ。皆も一緒に戦ってくれる」
「みんな……」
アルベールは遥か遠くの山に数人の子供たちの存在を認識した。
「なるほど、貴公にも心強い仲間がちゃんといるのだな」
「うん、最高の仲間だよ」
「人間とはいつだって常に進化を求め、我等の思いもよらぬ奇跡をみせてくれる。期待しているぞ、蛍」
「うん、任せて。僕が……僕達が邪神を無力化するから、アルベールがクリスティアを救い出して」
「すまぬな、美味しい役を譲ってもらって」
「大丈夫。王子様はカッコいい人のほうがお姫様は喜ぶから」
「ふふ、そうか。ならば少女の夢見る王子らしく、姫の救済に向かわせてもらおうか」
アルベールは背より生やした銀色の両翼を豪快に羽ばたかせる。
「僕達が援護するから、突き進んで」
アルベールは頷く。クリスティアに向かい飛翔していく。
「俊哉、雪斗、悠理、玲央、睦月。力を貸して欲しい」
今はもうこの世に存在しない非常識達にも誓った。必ず勝つと。だから、自分の魂の一片までも燃え尽きる覚悟で、その能力を展開した――。
こんばんは、上月です(*'▽')
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