炎に包まれる世界
蛍と対峙する少女。
手には樹木で出来た槍。背には火の粉を撒く六翼。胸の奥に鼓動する何か。
その姿は究極の芸術性。陳腐な言葉ほど単純で分かりやすい。蛍は相変わらずの喜怒哀楽が読み取りにくい無表情で、救い出すべき魂を見定める。
「過去の残骸は不要。新たなる楽園の秩序を無限世界に敷き、不浄を排した楽園を創り上げる……。その為にまずは、貴方という汚染因子を取り除きます」
「やれるなら、やってみればいいよ」
この場にいた誰もが我が耳を疑った。
彼の口から挑発と取れる言葉。付き合いが長い俊哉さえも聞き間違いではないかと、雪斗達と顔を合わせる。
「力の行使――承認済み」
クリスティアは樹木の槍を掲げ、振り下ろす。
その動作こそ執行の合図。
「あっ……」
蛍には視えた。
宙に描かれる複雑怪奇な図面。延々と綴られている理解不能な文字。
風に揺られて髪の隙間から垣間見た紫色の左目がしかと視認した。それが、なんなのか蛍には分からない。いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。蛍の脳が全身に危険を知らせる警報のような悪寒が、即時行動せよと促す。
クリスティアは樹木の槍をもって、その文字や図面の配列を変えていく。
「もうすぐこの世界は楽園の摂理に侵される」
淡々と行われる作業。きっと、あの作業が世界を滅ぼす一因となっているのだろう。覚醒したばかりで要領よく扱う事が出来ない自身の能力を展開すべく、己の魂に宿る法則に干渉する。
「失墜に身を堕落させた不浄楽園の摂理。僕は理を敷く。何者にも侵すことの許されぬ絶対法則。不浄を払いたい。皆すべて安息を生きる為に。僕は楽園を管理せし理の王である:宇宙法則を塗り替える原初の王」
蛍の法則が展開される。
思い描くのだ――いま、どのような奇跡が起きてくれればいいのかを。
求めるのだ――理想の結末を。
「僕は求める――」
世界の改変を……。
「私の聖域に……亀裂?」
極限までに純化された白世界に黒い歪みが亀裂となり侵食していく。
「人間、私の世界になにをした?」
クリスティアは瞬間的に理解した。いまのこの異常な現象は目の前の少年が引き起こしたことだと。
「クリスイティア。一ついい? その図とか文字って何に使うの?」
「――ッ!?」
明らかな動揺。
無表情ながらこの現象に僅かの焦りに似た不安感を抱いていた彼女だが、蛍の一言をもってその表情に恐怖を宿していた。
「これが……見えると言うのですか? 人間である貴方に?」
「うん、でも視えるのはこの左目だけどね」
左目を覆う髪を掻き分ける。
「世界を見通す瞳……? 違う。あれは――世界真理を監視する瞳」
クリスティアは押し黙る。かわりに、その六枚の大翼を羽ばたかせ宙へと飛翔する。
「貴方は危険です。世界の秩序を書き換えている暇は在りません。この世界ごと消え失せなさい」
背の翼が――その羽が一枚一枚と抜け落ちていく。
「領域の消失申請――承認。緊急事態による世界の消滅――強制的に承認。世界を滅します」
展開していた彼女の純白世界は音を立てて崩れ果てた。だが、どっちにしろ蛍の能力で長くは持たなかっただろう。現世から隔離していた世界が無くなったことにより、蛍達は元居た廃教会のある山に送還される。
「あれ? 俺達、戻ってきちゃったのか?」
俊哉の気の抜けた声。
「あぁ、どういった理由があんのか知らねぇけど。そうみたいだな」
周囲を見渡す雪斗。
「そういえば、クリスティアは!?」
「いません……わね」
対峙していた終末の女神を探す睦月と玲央に、悠理が遥か遠くの場所を指さす。
「あそこにいるのが、そうじゃない?」
距離にして数キロ程離れており、最初にクリスティアが天から舞い降りた場所。彼女の目下には近代化を進めている海老沢の街。
「おい……アイツ、何してやがんだよ!!」
翼を羽ばたかせる度に抜け落ちていく朱色の羽は海老沢の街へヒラヒラと舞い降りていく。まるで、死者を迎えに行く天使の様……。その場にいる全員が心のどこかで無意識に抱いた感想だった。
「あ……アァ……なんでだよ……何してくれてんだよ、俺達の街にィッ!!」
俊哉が叫ぶ。
「嘘……よね」
わが目を疑う光景に視線を外すことが出来ない。
「海老沢が……燃えてる」
海老沢だけではない。その炎は物凄い勢いで周囲を呑み込むように燃え広がっていく。その速度から考えて、数十キロ以上離れているこの場も十分たらずで呑み込まれてしまうだろう。
こんばんは、上月です(*'▽')
クリスティアは摂理を世界に敷くことを断念し、世界を消滅させようと朱色の翼を羽ばたかせる。全てをことごとく無に帰す炎は、世界を勢いよく飲み干していく。自分たちが生まれ育った街を失った蛍達。
これ以上の被害を出すわけにはいかないと、海老沢に帰還した蛍の前にかつての英雄が現れる……。
次回の投稿は早くて明日。遅くても明後日の夜を予定しております。