魂の解放
砕かれる氷像。
内部に閉じ込められたクリスティアは本来であれば、肉知的に炭化し治癒を許さぬ矢の恩恵を受け、筋肉繊維や細胞は凍結し、最後に粉砕される。
常人であれば間違いなく絶命しているであろう。
だが、彼女は非常識の枠組みをさらに外れた超越の存在。
「何度立ち向かおうが無意味。貴方達を守護していた、かつての魔王はもういない……」
未来創造の魔王――クルト・ティアーズ。
彼女と同じ世界に生きた非常識の一人。
彼らが幾度となく超越者に挑んで、生きていられたのはクルトの術式のお陰だった。
「あいつが居なくても俺らは戦えんだよォ! テメェの人形みてぇなツラを今に崩してやるからよ、楽しみにしてろやァ」
ムーティヒは非常識全員に目配せし、皆々頷く。
さぁ、群と化す強大な魔力の放流。
吐き気を催す歪んだ白世界を満たし始める。
「…………」
その様子を黙って静観するクリスティア。
「ふぅ、もう少し私は芸術を追及していたかったのですが……致し方ありませんね。精々、来世で楽しませてもらいますかねぇ」
「私は今世も来世も神に仕え、迷い意を抱く人達の助けになれればそれで十分です」
「私は……普通に一人の女性として生きたい。それだけでいい。他は望まない」
「ふん、平穏などつまらぬ。俺は常に戦場にこの身が在ればいい」
「クハッ! おいおい、俺達みてぇな非常識に来世なんてあると思ってんのかァ? まあいいけどよォ。俺は出来れば……体験したことのねェ、新鮮な人生が送れりゃいいけどなァ」
一人一人の内包する魂は純化していく。
肉体は魂の檻であるならば、今こそ解き放とう。
魂とは全ての動力源。
魔力を生成し、個としての存在証明であり、世界の枠組みを円環し転生するために必要な宝物。
彼等はその個人を個人たらしめる全てを放棄したのだ。
その様子を離れた場所。
非常識の一人である琴人を含めた常識達は、固唾を飲んで身動きが取れなかった。
非常識達は唄う。
「我等が魂よ。今こそ打ち震えて動力を極限にまで生み出さん。我等は等しく無に帰す――展開せよ:魂滅の理」
魂の追悼歌。
ライン、ムーティヒ、カルディナール、ヘルト、エーデル。
四人の魂は肉の檻を突き破り、彼等の術式の名を刻んだ模様が剥がれ落ちる。
彼等の術式こそ個人を個たらしめるものであり、今この瞬間に彼等は存在証明を失い、輪廻の枠組みから逸脱した。
発光する四つの玉。
それらは猛り狂いだす。この忌々しい白世界を崩落させてやろうと振動し始めた。
「あれって……何が起ころうとしてるの?」
「さ、さぁ……分からないけど、なんか俺達もヤバそうじゃない?」
微振動も最高潮に達したと同時に玉は破裂した。
白を染めるには単純に黒が効果的だ。
割れた魂から墨汁より更に冷たく黒いドロドロとした液体が溢れ出し、それらは純白の世界を塗り替え始めた……。
こんばんは、上月です(*'▽')
自分たちが爆弾になる。それは、己の存在を完全に消滅させて対象を葬り去るということ。非常識である彼等は己の魂を放棄してまで、クリスティアに抗うが……。
次回の投稿は明後日19日の夜を予定しております!