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色褪せた街で抱いた友という輝き

 蛍は俊哉達と分かれ途方に暮れていた。


 数多くの人間が行き交う街中で1人夕日に照らされた都心をただグルグルあてもなく彷徨っていた。


 彼女の生きた証であるこの世界を守るために、そして、2度と大切な人を失わない為に。


 この街は色褪せた箱庭程度にしか認識できない。だが、大切な友人達と過ごすこの世界を守りたいと思うようになってきていた。


 いつもなら周囲には賑やかな仲間たちが騒いでいて退屈のしない時間だったが、いざ静かになると心に隙間が空いたように寂しさを感じてしまう。


 虚無に塗りつぶされた世界、ただ脆弱な日常を生きる人間。


 一人一人が自我を持ち、多様な種類の人間が共存し生きていく世界。


 それを壊そうとする非常識(かみ)


 それらから世界を守ろうとする常識(にんげん)


 非常識という法則性を無視し超越した存在の前では法則に嵌められている常識には勝率という概念は意味を成さない。


 ならばどうするか。答えは火を見るより明らかで、非常識を超越する常識を持ってこれらを殲滅するしかない。


 だが、非常識を超越する常識なんてものは存在するのだろうか……。


 そんな事を考えながら街を彷徨うが、彼は普段下を向いて歩く人間でその癖のせいで今も下を向いて歩いていた。


 仲間を探しているつもりでも実際下を向いていたのでは見つかるものも見つかりはしないだろう。


 未だに能力を覚醒していない蛍は時々思うことがあった。


 自分は本当に能力に目覚めるのだろうか……と。


 そこで思考を中断し仲間探しに専念しようと顔を上げると、先程まで人間たちでごったがえしていた街には今や誰1人として存在せず、不気味な静寂と常軌を逸した雰囲気がその場を満たしていた。


 またか、と内心思いつつも陽気に語りかける声と共に現れる少年を待つが、一向にその姿を見せることはなかった。


 新手の嫌がらせかなと思い、周囲を改めて見渡すと大きな交差点の中央付近に漆黒のロングコートを身に付け顔には狐面をつけた人型をした存在が立ち此方を向いていた。


 そいつから向けられるは純粋なまでの研ぎ澄まされた殺意の念。


 全身で感じる殺意に身震いし、逃げようにも完全に膝が笑っていて思うように動けない。

 

 コートの人物が懐から銃身の長いリボルバーを取り出しその銃口をこちらに向けてくる。


 躊躇いなくトリガーを引き、火薬の爆発により1発の弾丸が命を貪るために放出される。


 弾丸の速度なんて目視できるはずもない。ただただ自分の肉を抉り骨を砕き内蔵を貫くその瞬間を待つ。


 刹那の瞬間だろうか、弾丸と彼の間に影が間に入り、弾丸を消滅させた。


 その影の正体は。


「やあ、危機一髪というやつだね。正直僕のゲーム以外で死なれるのは困るんだよね」


 その影の正体はこの世界の命運を賭け彼らに殺し合いというゲームを持ちかけた非常識の神。


「この人誰?」


 彼は疑問を敵の王に尋ねるが軽く首を傾げる。


「う〜ん、そうだね。詳しくは知らないけどこの世界の住人ではないようだね。ただ、今コイツはキミをこんな幼稚な結界に呼び寄せては何かしらの理由を持ってキミを殺そうとしているという事だけははっきりと言えるね」


 言っている事は恐ろしいが非常識に焦りの感情といったものを感じさせず、蛍に背を向けコートの男に向き直る。


「僕を助けてくれるの?」

「一応ね。能力が覚醒してないキミ一人では荷が重すぎるから、僕がコイツの面倒を見るよ。だからキミは帰ってていいよ」


 と言い指を鳴らすと空間が歪み、ローブをかぶった人が一人その場所から現れる。その者から感じる気は全てを包み込んでくれる聖母のような優しい雰囲気が周囲を満たし、蛍の身体から強張りと恐怖が氷解した。


「お初にお目にかかります。私はカルディナール・ヴァイン。我が主の忠臣の一人として働かせていただいております。あの異形は主にお任せして貴方は私がこの結界の外にお連れいたします」


 カルディナールは蛍をそっとローブの上からでも分かる豊満な胸にそっと抱き寄せ、何やらつぶやき始めた。それは俊哉や睦月が唱えるような詠唱と似てはいたが、何か違うモノに感じた。


 コートの男は逃がさまいと銃を連射するも非常識の前では無力。どれも一瞬にして消滅してしまう。


 銃では太刀打ちできないと踏んだコートの男は右手を前方に向け掲げる。


 手掌部を中心に魔法陣が展開され、光の当たり具合によって辛うじて視認出来る刃が数枚王に向かって放たれる。


「ふふふ、術式か。でもそれは所詮人間が作り上げた紛い物の力だよ。僕等のような存在を打倒するには足りないんだよね」


 そこでカルディナールの詠唱が完成し、眩い光を発する魔法陣が蛍とカルディナールを包み、その身を別次元へと移送する。


 その後コート姿と非常識の戦いはどうなったのかは不明だった。


 眼を開ければ見慣れた公園だった。


 夕日が地上を橙色に濡らし、どこか心に虚無感を植え付ける時間帯。


 そして、人気のない公園でローブを被った女性に抱擁されていたので、抜け出そうと彼女の肩を軽く叩く。


 カルディナールは名残惜しそうに抱擁を解き、ローブをゆっくりと脱ぐと夕日の色を吸収し、橙色を映す長く芸術品のように美しい金髪と、慈愛に満ちた優しい色を湛えた蒼色の瞳。まるで童話や神話に登場する女神のような女性だった。


 蛍に微笑みかけ優しく眼を細める、それだけの仕草に気圧され半歩後ずさる。


「あっ……ふふ、怯えないでください。別になにかをしようというわけではありませんから」


 ちょっと困ったように笑う表情は陳腐な言葉だが美の究極といってもいいだろう。万人が彼女の笑顔に魅了される、そんな気がした。


「……ありがとう」


 カルディナールの顔を直視できず軽く俯いて礼を述べる姿が愛おしかったのか、慈しみを持って蛍の頭を優しく撫でる。猫や犬を甘やかすように、泣いている子供をなだめる様に。


「あなたはこの先いつか僕らと戦うの?」

「えぇ……私を含み後5人の精鋭がいます。ちなみにその5人の中で私は下から2番目ですので2回戦目は私が相手することになりますので、よろしくお願いしますね」


 カルディナールは少し悲し気な表情で語る。彼女の性格からか争い事が嫌いなのだろう。きっと敵であれ死ぬ瞬間には涙を流してしまうのではないだろうか。


「そうなんだ。でも、出来れば助けてくれた貴女とは戦いたくない」

「そう……ですね。出来れば私も争い事があまり好きじゃないので、誰かを傷つけたくありません」

「じゃあ、どうして戦うの?」


 その言葉を発した途端にふと彼女の表情に曇がかかる。きっと何か事情があるのだろうかなどと思いながらも彼女の瞳を直視する。


「そう、私含め残りの4人にも個々人の戦わなければならない理由があり、我が主はそんな私たちの背中を押してくれたんです」

「その為に世界を壊して回っているの?」

「……」

「……」


 二人の間に一瞬ともとれる長い沈黙が続いた。


 カルディナールは困惑したように。


 蛍は無表情で、互いを見つめ合う。


「壊さねばならないから、たとえどんな犠牲を払ってもあの化物の住む世界から分岐する世界がなくなり他の世界に対して永久に干渉出来ないように……」

「化物って?」


 なに? と言おうとした時に二人の間をゆったりと一陣の風が凪ぐ。


 そこには先程のカルディナールと同じように頭からローブを被った人物が立っていた。


「おしゃべりはそこまでだ。カルディナール!」


 その声は重く威厳に満ち聴く者全てを従わせる王のような雰囲気を漂わせた声だった。


「ヘルト・パラディース副将? どうしてこのような場所に」


 ヘルトはカルディナールを視界にもいれず、ただ彼女が庇う後ろの少年に向けられていた。ローブの奥からにじみ出る研ぎ澄まされた鋭利なる殺意の派動。


 その視線(殺意)を向けられてもモノともしない少年にカルディナールはさらに一歩前に歩み、彼に向けられる殺意を遮る。


「主のご命令によりこの少年には一切の傷もつけさせませんよ。それがヘルト副将であっても私は一歩も引きません」


 彼女は目の前の男に完全に気圧されていた。


 このまま争えば誰の目から見ても明らかな結末しか用意されていないだろう。


 それでも目の前の脅威が蛍に迫れば、彼女は自身の身を挺しても守るだろう。それほど彼女にとってあの自分と似た少年の命令は大事なのだ。


「仲間内で殺し合うのも一興だが……それよりかは将来に芽吹く花(死)を摘み取ったほうが楽しめそうだ。俺の殺意を受けて無表情を決め込める奴なぞそうそういないからな」


 それだけ言うとヘルトは彼らに背を向け、夕日に溶けるように消えていった。


「顔色悪いけど大丈夫?」

「……ふぅ、私は大丈夫です。それより貴方には怖い思いをさせてしまいました。でも彼も貴方達が戦う相手だからその時は気をつけてください」


 カルディナールは先程までの恐怖や緊張という仮面を脱ぎ捨て、優しく微笑みながら蛍を胸に抱き、頭を撫でてくれる。それに嫌がるでもなくただ胸の内より湧く安心感に身を包まれ、彼女に身を任せていた。


「さぁ、そろそろ日も暮れてしまいますから帰りましょうか。もしまだ不安なのであれば家まで送りますよ」


 今度は少し悪戯っ子のような笑みを浮かべ、顔を覗き込んでくるが彼は丁重に断り、公園の出口で分かれた。


 夕日を背に帰路を歩くが先程の温もりと安心感に満たされていたせいか、少し寂しさに自身の内側を支配され、軽い溜息が口から漏れる。


 友達……無機質で中身と意味を持たないこの街で出会い、一緒に笑い遊び同じ時を過ごした掛け替えのない至高の輝き。


 でも今はその輝きも霧散し散らばった。


 楽しく思えた記憶が脳裏を走馬灯のように駆ける、止めようとしても止まらない。


 記憶は現在から過去に向かいあの三人だった頃へ。


 さらに記憶は過去へ赴く。


 忘れていた記憶や曖昧な記憶が鮮明に繋がり1つの物語として完成されていく。


「つっ!?」


 ノイズ……脳裏に走る記憶の検閲。


 禁忌……それは思い起こしてはいけない封印された記憶。いつ何処で誰が何をし自身が何を侵してしまったのか。


 記憶は実態となり自身の意識と身体は記憶に溶け、禁忌を踏み歩く。


 だが、その記憶も半ばで途切れ、自身の意識も現実の肉に還る。


 目の前には輝きが……友人が立っていた。


 こちらを心配そうに見つめる睦月と雪斗の姿だった。


「あ……」

「オイ、どうしちまったんだ? ボーっと突っ立て」


 雪斗はやれやれといったように笑いながら頭を荒く撫で、その勢いに首がガクガク前後に揺れる。


「雪斗……痛いよ」

「あっ……あぁ、わりぃわりぃ、えーっとアレだ……さっきは悪かった。でも俺たちはもう逃げねぇ、負けたなら勝てるまで戦ってやろうぜ……もう一回俺たちを信じて一緒に戦ってくれねぇか?」


 雪斗は気恥かしそうに上から真っ直ぐに見下ろしてくる。


 霧散し散らばったと思っていた輝きは失われていなかった。その事に先程の寂しさは消え暖かさが彼を満たした。


「うん、皆で一緒に戦おう……それより、俊哉は?」


 一人、ずっと昔から一緒にいた親友がいない事に気付くが睦月も雪斗も顔を曇らせる。


「えっとね、俊哉はまだ心の整理をしてるから、今は……でも、そのうち絶対帰ってくるから、それまでは私達だけで出来る事をしよう」

「アイツがお前を見捨てて逃げるわけがねぇだろうが、安心して待ってりゃいんだよ」

「そうだね」


 仲間の優しさ。


 今はまだ咲かぬ救世の理。


 非常識を隔離するため世界を滅ぼして廻る非常識達。


 運命や摂理といった枠に嵌め込まれた欠片の物語。


こんばんは上月です(*'ω'*)ノ

次回の投稿は10月1日の土曜となります。


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