人間の神秘性
油が一面に浮いた赤いスープ。
白いローブのような服にもかかわらず、勢いよく麺を啜っている。
「なぁなぁ、白い服にシミが付いちゃうぜ」
「あぁ、問題ないよ。俺は汁を散らさないからな」
衣服はもちろん、テーブルにもその汁を一滴たりとも飛ばしてはいなかった。
「いったい、どうなってるのよ……」
「はは、俺は魔王だからな。これくらいは王族の嗜みだよ」
冗談で言っているのか本気なのか、ニコニコとしている彼女からは真意を汲み取れない。
蛍達も麺を啜るが、どんなに気を付けていても飛ぶものは飛んでしまう。俊哉にいたっては、周囲が汁だらけだ。
「俊哉、僕の方にも飛んでる」
「ん? あぁ、わるいわるい。おっ、睦月ちゃんは綺麗に食べてるじゃん! すげぇ」
睦月は汁を切って、ゆっくりと啜っている。
「汁を落としてるだけだからね、別に凄くなんかないよ。それより、クルト。そろそろ良いんじゃない?」
クルトは残り一つのギョーザを呑み込んで箸を置く。
「そうだね。ここはファミレスと違って長居できそうにないし……」
クルトは顎に指を這わせる。
「まずは、先に言っておかないといけない事があるんだ。それは、俺の身体はもう限界なんだよ。正直言うと、いま身体を動かしてるのも怠いんだ」
その言葉に三人は怪訝な顔をする。
「俺は長い時間を生きて、クリスティアを救おうとして立ち向かった。数百や数千なんてものじゃない。終わりも希望も見えない中、気が狂うかと思ったよ……おっと、そんなことはどうでもいいね。次の戦いで勝っても負けても俺は死ぬ」
確約した死。
その表情は安堵にも悔しさにも取れて見える。だが、どう言葉を掛けていいのか分からない蛍達は黙ってクルトの言葉に耳を傾ける。
クルトは「ありがとう」と礼を挟み、水を一口。
「まず、俊哉君だ。キミは誰より早く能力に覚醒したね」
「おう! あの時は死にたくないって必死だったしな」
「そう、あの場にはキミの他にも蛍君と雪斗君もいたはずだ。状況は皆同じだったにも関わらず、キミだけが覚醒出来た。それは、キミが誰より死を恐れているからなんだよ」
「いやいや、誰だって死にたくはないでしょ」
「そう、誰だって死にたくなんてない。だけどね、キミの想いはその誰よりも群を抜いて強いんだよ。言ってしまえば、この世に未練が多すぎるんだろうね」
「それは、まぁ……もっと遊びたいし、彼女とかも欲しいし、なにより俺はセレブになる夢があるからな!」
「セレブ……? ははは、面白いね。うんうん、そういう将来への執着とでも良いかな。そういう意志が生存率を高めてくれるんだよ。そう、能力の向上もね」
能力の向上。
いま、クルトはそう口にした。
だが、睦月にしろ俊哉にしろ、その能力は物質の召喚。いくら、能力が向上しても強くなるとは思えない。物を扱う以上、使用者の練度を上げるしかないのだ。それは、意志でどうにかなるものではない。日々の鍛錬で授かれる賜物なのだから。
「俊哉君は能力で一体、何本の武器を呼び出せる?」
「何本って……そりゃ一本だろ?」
「そうだね。今まで一本しか出せていない。もし仮に能力が成長した結果、複数本の武器を呼び出して、その武器を扱っていた武人の技量まで自身の力を底上げ出来たら、どうだろう?」
「そりゃ、えっと……」
「間違いなく、白兵戦では最強となるだろうね。全ての武器を自分の手足のように扱う事が出来るんだから」
「でも、いまクルトが言っているのは、もしかしたらの話でしょ? 私達の能力が成長するかなんて分からないよ。それに、強くなったとしてももう時間がないじゃない」
「さて、成長しないものなんてあるのかな。まぁ俺達のような非常識な存在は、その強さ故に成長するという概念がないんだけど、キミ達のような常識の内側に生きる脆弱な人間というのは、いつの時代も成長を続けている」
だから、人間であるキミ達は成長する。
クルトは喋り疲れたのだろうか、一度口を閉ざした。
おはようございます、上月です(*'▽')
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