並行世界説
白い壁と天井は汚れを知らず、掃除が行き届いた室内。
最低限の生活家具が置かれているだけのサッパリした……というには、生活感を感じさせない玲央の部屋。蛍は一歩踏み入れたその場で立ち止まる。
「……これは」
「なによ。私の部屋に何か文句でもあるのかしら?」
「ううん、僕の部屋より何もないなって思っただけ」
「そ。ならささっと奥に進んでくれるかしら。私が入れないのだけど」
背後で眼鏡を指で押し上げる玲央は、僅かに視線を逸らしていた。
「どうしたの?」
「な、なんでもありませんわ! さっ、適当な所に座っていなさい。飲み物を持ってくるわ」
蛍の背中を押した玲央は、一人急ぎ足で階段を降りて行ってしまった。その後ろ姿を小首を傾げて見送る。
このまま立っているのも落ち着かないので、部屋中央に置かれた小さな丸テーブルに着く。
「何もない……」
これが、女性の部屋なのか。妹の部屋はもっとゴチャゴチャと物が散乱していて、玲央の部屋と正反対である。いったい、どっちが女性の部屋らしいのか。問われればきっと妹の部屋だろう。蛍と地かい部屋の内装ではあるが、そもそもの空気からして別次元。
静かすぎる。
外からは飛行機が飛ぶ音くらいしか聞こえない。
まるで、監禁部屋のような息苦しさを感じていた。
「待たせたわね。紅茶で良いわよね?」
「さっきも……」
「……あ?」
「うん、大丈夫」
先程の喫茶店でも紅茶を飲んでいた玲央は、きっと紅茶好きなのだろう。
「それで、さっき私に何を聞きたかったのかしら?」
「あ、うん。玲央はやり直したい過去とかってある?」
蛍の質問の真意を見極めるべく、眉間に皺を寄せて考える素振りをする。
「特に深い意味はないよ。やり直したい過去とか、後悔した事とかってあるの?」
「聞きたいことってソレだけなの?」
「うん」
「はぁ……まぁ、いいわ。私にやり直したい過去はありませんわ。私は常に正しい選択をして生きてきましたので。そういう質問は雪斗や俊哉にしてさしあげなさい。きっと、生まれた瞬間から後悔していそうね」
雪斗には聞いた。
玲央にはやり直したい過去が無いというなら、それでいいかもしれない。
蛍は小さく首肯する。
「そっか、ならいいんだ。僕の話は終わりだけど、玲央は他に何か話したい事とかある?」
「そうね……貴方はパラレルワールド説を信じてたりしないわよね」
「パラレル……いくつも、世界があるっていう?」
「ええ、そうよ。私達の世界と全く同じ世界。クルト達が存在していた世界も、数ある世界から派生した世界の一つなんじゃないかしら?」
「難しいね。でも、うん。僕は並行世界はあると思う」
クルトと初めて会った時、崩壊した世界はどう見ても、ここ海老沢市だったからだ。
「なら、私の見た夢もパラレルワールドの一つだったとしたら……」
玲央は顎に指をあて、気難しそうな表情で思考を巡らせていた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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